『ハートキャッチプリキュア!』第16話「ライバルはえりか! 演劇部からの挑戦状です!!」が面白い


 第16話は、演劇部部長の高岸あずさが登場する。あずさは、演劇に対する情熱が人一倍強い。えりかもファッションに対する熱意はあずさに負けないものがある。二人は似た者同士なのだが(部長同士でもあるし、えりかも明言している)、決定的な差異が存在している。部員の気持ちを考えるえりかと部員の気持ちを考えないあずさ。第16話は、部員の気持ちを考えないあずさがどう変わっていくのかが、メインとなっている。


涙と笑顔の変奏


 アバン。つぼみとるみの前にあずさが現れ、瞬時に役を演じる(芝居で涙を流す)。つぼみとるみを演技ですぐさま魅了させたのを見ると、彼女が優れた役者だということがわかる。それに、役に入りきり一瞬にしてその場で涙を流すことが可能なのだから、彼女が優秀な人物だということは間違いないだろう。また、それだけ演劇に情熱を傾けていることが示される。そして、るみに「お姉ちゃん誰?」と聞かれ、「あたし? 演劇部の高岸あずさ、よろしくね」と返し、にこやかに微笑む。アバンで見せた涙と笑顔。この涙と笑顔は、ラストで反復されることになる。演技の涙(偽りの涙)がどのように変奏し、失われた笑顔(これについては後述する)をどう取り戻されるのかが、今回の見所の一つと云える。


えりかとあずさの「対比」


 先述したように、えりかとあずさは類似している点が多い。えりかもあずさも部を束ねる部長として、一生懸命に部員を引っ張っていく。しかし、部員への接し方は対照的である。えりかは自宅であるフェアリードロップに部員を招き、演劇部の衣装について話し合う。パーソナルな空間に部員を招く事からして、えりかが部員たちと打ち解け合っているさまが見て取れる。えりかは、自分の意見に部員が反対意見を出しても頭ごなしに否定せず、まず意見を交換し合い、最終的に部員全員の意見を聞く。相手の意見が妥当であらば、自分の意見を直ぐに却下できる器を持った人物がえりかなのだ。皆で楽しく部活をやろうという意識をえりかは持ち合わせている。それに対して、あずさは演劇に真剣に取り組むあまり、部員に厳しく接してしまう。部員が自分の意見に反対するものなら、まったく対話することもなく、部員の意見を真っ向から否定し、自分に従わせようとする。えりかの部員が一丸となって物事を成し遂げようというスタンスに対して、あずさは部員を自分の指示通りに動かそうという正反対なもの。あずさには、部活を楽しくしよう・部員の気持ちを考えようという意識がいつの間に欠けてしまっている(演劇に真剣なために)。言うまでもなく、あずさが方針転換しないのならば、部員はあずさの元から離れていってしまうだろう。この後、予想通り部員はあずさの元から去っていく。


 部員に囲まれ楽しく部活をするえりかと部員が誰もいなくなり一人屋上で発声練習をするあずさを並行モンタージュを用いて「対比」させていく。部員たちの賑やかな声に囲まれ皆から求められるえりか。誰からも求められず一人屋上で声だけが悲しく響き渡り寂寥感が漂うあずさ。物悲しい旋律(BGM)が鳴り響く。振り返ると部員が居るえりかに対して、振り返ると誰も居ないあずさ(あずさ振り返ると、ダッチアングルで建物が傾斜して見える。彼女の視認する世界は傾いてしまっている)。えりかとあずさを徹底的に「対比」させていく。

 あずさが画面左に配置され空を見上げるショットから画面右に配置され下を見ているえりかのショットへと繋がれる。そのショットの繋ぎは、まるでえりかとあずさが時間と空間を飛び越えて対面したかのように繋がれている(向き合うように繋がれるために、えりかとあずさの「対比」がより際立つようになっている)。えりかを見上げるようなあずさの姿からは、彼女が部員に囲まれ楽しく過ごしているえりか状況を望んでいるかのようだ(この時点であずさはえりか達が楽しく部活している様を覗き見てはいないのだが)。



 今まで部員と向き合って発声練習していたあずさだが、部員が誰もいないため、今は空に向かって一人声を発する。自分を奮い立たせるように空に向かって発声をするあずさ。拳を握りしめるショットからは、彼女が孤独に耐えようとしているのが伝わる。次のショットはブーゲンビリアの花(花言葉は情熱)をとらえたショットであり、拳を握るショットからブーゲンビリアの花へと繋がる。まるでブーゲンビリアの花(情熱)を握ったように繋がれる。発声練習を行うあずさの瞳にはいつしか涙が。涙は頬を伝い、彼女は顔を手で覆い泣き崩れてしまう。奥行きを強調したロングショットでとらえられたあずさの姿は、部員を失い一人になってしまった彼女の孤独と哀切をありありと映し出す。



 アバンで見せた演技の涙(偽り涙)は、本物の涙(悲しみの涙)へと変容してしまった。同時にアバンで見せた彼女の笑顔も失われてしまった。えりかの涙と笑顔が今後どのように変容していくのか。えりかの涙は、悲しみのままなのか。アバンのような笑顔を再び取り戻せるのか。


 衣装を見に来てとえりか達に云われたあずさは、ファッション部の部室へと向かい、えりか達が楽しく部活している姿を覗き見る。教室の中で光が当たっているえりか達と廊下で光が当たらず影に覆われているあずさは実に対照的であり、象徴的だ。あずさの心は影に覆われている。そして、彼女の心の花は弱っていく。



 誰もいない舞台で一人演技練習をするあずさ。台本の台詞である「みんなこの街を出て行ってしまった。私は一人ぼっち・・・」があずさの現状を端的示す。「みんなどうして来てくれないの」と漏らすあずさをとらえたショットは、彼女を画面左端へと追いやってしまっている。あずさが画面左端にいるために生じた画面右側にできた空白の空間は、彼女の喪失感・空虚な現状を浮き彫りにする(このレイアウトは、彼女が舞台の先に立っているという位置関係もあらわしている、というかこっちが主たる役割なのかもしれない)。



 心の花が弱っているあずさは、コブラージャに目を付けられてしまう。それによって、演劇部の部員達は、あずさの心の内を知ることになるのだが。


 えりかとつぼみの活躍により、あずさは助けられる。あずさは、「皆の気持ちを考えていなかった」とえりかに吐露し、えりかは「今からでも遅くない。その気持ちを皆に伝えてみれば」と返す。あずさは、演劇部の部員に皆の気持ちを考えていなかったことを謝罪し、演劇部の部員はあずさの元へと戻ることになる。この時、あずさは涙を流す。それは、偽りの涙でもなく、悲しみの涙でもなく、部員達とまた一緒に部活ができることからくる喜びの涙だった。三度の涙の変奏は、喜びの涙へと終着する。あずさの失われた笑顔はどうなるのかというと。演劇部の部員と一緒に演劇をする彼女は、アバンのようににこやかに微笑む(アバン同様に左に首を傾けながら)。アバンの笑顔を、あずさは取り戻した。あずさと部員達の微笑みと共に、第16話は終了する。



おまけ


 余談だが、第16話ではえりかが演劇部を上から見下ろす描写が数多く存在している。奇妙なほどに、えりかは演劇部(あずさ)の上位にいるのだ。だが、ラストでの演劇部の上演中は舞台上にいる演劇部を見上げることになる(えりか達は床に座っている)。この時、えりかと演劇部が逆転することになる。