霧谷希の物語〜『迷い猫オーバーラン!』第12話「迷い猫、決めた」〜


 監督・コンテ/佐藤順一、脚本/木村暢、演出/カサヰケンイチ作画監督/小谷杏子。今回の監督は、佐藤順一監督。演出でカサヰケンイチさんが参加しているのがちょっと意外だった。




 最終話(第12話)「迷い猫、決めた」は、希がメインの回であり、彼女の揺れ動く内面(心理的推移)を肌理細やかに描いている。


 タイトルにもなっているとおり希の「決めた」が今回の主題と云える。



 ファーストショット、民法 七百二十五条が映し出され、「法律に家族の規定はない」と希が呟く(これが本編のクライマックスに重要な意味をもってくる)。寂しげなBGMと共に、希の横顔を捉えたアップショット、希の後ろ姿を捉えたフルショット(T.Bしている)と続く。ここでは希の表情が明瞭に映し出されることはなく(この後、教室で文乃と会うまで希の仔細な表情は見ることができない)、表情の欠落によって一人思い悩んでいる彼女の心情がより伝わってくる。希の表情が露になる時が訪れるのならば、それは彼女の悩みが解消される時だろう。そして、ストレイキャッツの準備中という看板が映し出され、アバンは終了する(この看板は本編ラストで反復される)。「準備中」の看板が端的に指し示すように、希はまだ何も決めてはいない状態(ブルマ派orスパッツ派や巧の事など)・自分の気持ちに正直になっていない準備中の状態である。だが、これから希は様々な事を自分の気持ちに素直になって「決めていく」。それによって「準備中」の看板はラストで変容することになる。



 Aパート。屋外でのブルマ派VSスパッツ派の喧騒と屋内(教室)で一人佇む希をクロスカッティングを使って対照的に映し出していく。逆光によりシルエットとして浮かび上がった希を捉えたショット、正面から捉えたバストショット、希の頭頂部を映し出した俯瞰のショット(図1)と周到に希の表情が排除されており、彼女の心(表情)を読ませず、思い悩む様を浮き彫りにする。屋内の静寂と対比的な騒ぎまくるブルマ派の描写と屋内にまで届くブルマ派の「ブルマ! ブルマ!」という律動的な大きな掛け声によって教室の寂寞とした雰囲気がより強調される。明るい屋外と屋内の光と影のコントラストも対比的であり、千世や家康のオーバーなアクションの「動」とじっと静止している希の「静」も同じく対比的だ。対比的なクロスカッティングにより、屋内の希がより鮮烈に映し出されている。上記した教室に居る希を捉えたショットの印象的なレイアウトは(文乃が教室に入ってきた時の仰角のショットも含まれる)、ブルマとスパッツどちらを穿こうか決めかねて両方とも穿いていない希の下半身を隠すためのものであるが、希の心理的振幅を印象的なレイアウトで視覚化している役割も兼ねているだろう。このシークェンスは、対比とレイアウトを用いて希の思い悩む様を描いていく。

図1



 教室に文乃が入ってくると、やっと希の表情が明瞭に映し出される。希の表情が露になった瞬間、彼女の悩みの解消を予感させる。その予感通り、文乃は「モヤモヤを抱えているより、まっすぐ素直に自分の気持ちをぶつけた方が楽しいじゃない」と云って、希にアドバイスをし、希は自分の気持ちに正直になって行動することを決める(悩みは解消される)。その結果、希はスパッツの上からブルマを穿く「ぶるっつ」というスタイルを選択する。希は「決めた」のだった。希は一人「ぶるっつ」として競技に参加し、八面六臂の大活躍をして、見事優勝を収める(一人で奮闘する希の描写が巧い)。優勝した希は、千世と文乃に勝者の命令として、二人に仲良くして欲しいと告げる。希の「ぶるっつ」という選択は、ブルマ派にもスパッツ派にも属さず、ブルマとスパッツ双方を融合したスタイルで文乃と千世の融和させるものだったのだろう。


 場面は切り替わりストレイキャッツへと移る。誰が巧と二人三脚するのかが話題となり、希は巧との二人三脚に名乗りを上げる。「お皿の上の幸せは一個、欲張っちゃ駄目」という考えを持っていた希だが、自分の気持ちに正直にと文乃に諭されたことによって、巧への好意(二人三脚)を表明したのだった。希は、「お皿の上の幸せは一個、欲張っちゃ駄目」よりも自分の気持ちに素直になることを「決めた」のだ。


 Bパートが始まり、高架下での乙女と四摩子の会話、お弁当や競技の様子などが描かれていく。


 鈴音町を一周する二人三脚フリークラスが始まる。家康と大吾郎、文乃と叶絵、千世と乙女などのペアが順調な滑り出しを見せる中、希と巧のペアは遅れをとっていた。先頭集団が校門をぞくぞくと通り抜ける中、遅れている希と巧はまだ校門に辿り着けないでいた(門を出ないというのが重要に思える)。躓きそうになり立ち止まるのだが、ここで希が熱を出していることに巧が気付く。棄権しようと云う巧に対して、文乃たちが譲ってくれた巧との二人三脚を最後まで走り抜きたいと希は涙ながらに云う。すると、巧と希の前に四摩子があらわれる(ローアングルからの縦の構図のショットは、四摩子と希の心理的な距離を一瞬にして感じさせる)。四摩子は、希の手を握り「なぜ、施設から抜け出したのか」と希に問いただす(四摩子に対して目を逸らす希と目を逸らす希を見る巧や薬を渡そうとした瞬間に手を掴む四摩子など、描写が巧い)。希は、「誰かを泣かせるのが嫌。自分が他の子の幸せを奪ったから」と答える。四摩子は、それは誤解でありみんな希の帰りを待ち望んでいるし、自分も帰りを望んでいると告げる。ここでは、四摩子は戻ってきてほしい事を必死になって伝えるあまり希の顔に近付きしてしまうという細やかな描写があり、四摩子の希に対する想いの強さがよくわかるようになっている。四摩子も施設の子供たちも希のことを大切に思っているのだろう。希自身も施設の皆のことが決して嫌いなわけではない。だが、希は「法律に親族の規定はある。でも、家族の規定はない。もし、家族が自分で決められるなら・・・」と云って、四摩子に握られていた手をほどき、村雨家の家族になることよりも、ストレイキャッツの皆(=家族)と一緒にいることを「決める」。このシーンが感動的なのは、希がストレイキャッツの皆と一緒にいたいということを自分の意志で表すこともあるが(自分の気持ちに素直になった瞬間)、特権的な正面からの希の顔のクロースアップも大きな役割を果たしているだろう。希のクロースアップは本編中何回か見受けられたが(横顔など)、希の正面からの顔が画面いっぱいに映し出されたあまりにも大きなクロースアップは、一度としてなかった。故にこのクロースアップは、本編において特権化され、特別な意味を持つことになるだろう。感情を表に出すことが少なく無表情な希が、涙を流しながら自分の想いを発露し感情豊かな仔細な表情を見せるのも感動的であり(冒頭あれほど隠された表情がラストで余すところなく描写されるのも感動的)、表情の細密な描写も見事だ。過剰とも思える瞳の輝き(光)が、希の感情の発露をより劇的にしているのも見逃せない。ここぞという的確なショットの選択が行われている。巧はしどろもどろになりながらも「希は家族で、大切な存在だ」と四摩子に云う。ここでは、喋っている巧ではなく巧を見つめている希を画面中央に捉えており(希がメインで描写される)、希は涙を流しながら巧の言葉を聞く。希と巧の言葉を受け、四摩子はストレイキャッツに希が居ることを認め、去っていく。



 そして、希と巧は二人三脚を再開する。

 二人は門を出て、二人三脚で走っていく。それは、家族として一緒に歩んでいく希と巧の新しい始まりを象徴している(門を出るというのが特に)。



 希と巧は皆が待っているゴールへと辿り着くが、熱のため希は倒れてしまう。保健室で希は文乃と千世に介抱され、そこで巧のことが好きだと二人に告げる。希は自分の気持ちに素直になり、巧を巡る争奪戦に参加することになる。


 先述した「準備中」の看板はラストで「営業中」の看板へと変わる。冒頭の自分の気持ちに素直になれない希は、もうそこにはいなく、自分の気持ちに正直になって新たな一歩を踏み出した希がそこにはいた。「営業中」の看板は、新しい始まりの象徴のようだ。



 希の物語だった最終話。自分を抑制していた希が徐々に自分の想いを表出していくさまを細やかに描写しているのが素晴らしかった。


 

おまけ

 吉野裕行さんの演技はやっぱいいな。このシークエンスの「ブルマに愛を、ブルマに光を」や「ブルマ イズ ラブアンドピース」などすごく笑える。