『けいおん!!』第22話「受験!」 冬の風景と梓の心情

 

 脚本/花田十輝、コンテ・演出/高雄統子作監/西屋太志(第10話「先生!」と同じ布陣)。


 「受験!」というタイトルがついていますが、受験する唯たちの視点から物語が展開されることはほとんどなく、主に梓の視点から物語は展開されていく。高雄統子さんがコンテ・演出を担当した第10話「先生!」や第16話「先輩!」の時よりも抑えてやっている印象。今回の話の雰囲気に即した感じだった。


冬の風景と梓の心情


 バレンタインデー間近の話なので、作中の時間は二月。空は常に薄暗く、雲に覆われている。息は白く染まり、雪がゆっくりと舞い落ちる。全編に渡って外の風景の色彩は乏しい。冒頭から続く灰色の寒々しい冬の風景は、唯たちの卒業が迫っている梓の心理を視覚化したかのように機能する。灰色の冬の風景は、最後に変化することになるのだが、灰色の風景が排される時に梓にどんな心理的変化が訪れているのか。


 Bパート。バレンタインデー当日。梓は、唯たちにチョコケーキを渡そうとするのだが、他の生徒が澪にチョコを渡していたりして、なかなか渡せずにいた。昼休みになっても渡せずにいた梓だが、純の勧めもあり、唯たちにチョコケーキを渡しにいくことになる。3年の先輩に唯たちは職員室にいると聞き、職員室へと向かう梓たち。職員室に着くと、唯たちの大学合否の話が聞こえ、さわ子先生が云った「卒業」の言葉が梓の耳に引っかかる。純は唯たちにチョコを渡すが、梓はチョコケーキを渡せない。唯たちの顔を見ると尚更渡せなくなってしまった。梓は思わずその場から立ち去ってしまう。純たちは、梓の後を追いかける。職員室から廊下へと場所は移動する。

 今までは電灯の照明で明るかったのだが、電灯の照明がついていない(電気がついていない)場所に移動したため、光源は自然光のみとなり、空間は仄暗くなっている。純が梓を見つけた時の縦の構図では、梓は画面上の点のようになり、その姿からは寂寞感が漂っている。純たちが梓に近寄る。逆光で捉えられ、陰影に覆われる梓からは、彼女の心理的陰影が浮かび上がる。彼女の心は影に覆われている。梓の「卒業しちゃうんだなって」の台詞とともに、雪が降り始める。その時に映し出される樹木が印象的だ。薄暗い部室の無人の風景からは、唯たちの卒業と寂寞感を強く印象付ける。梓の表情(泣いている顔)を映さないためか、ロングショットで梓・純・憂を捉える。





 ここまでの一貫とした照明設計。梓の心の陰影を補強するため、自然光だけを使用し、画面を薄暗くする。唯たちの卒業を目の前にした梓の沈痛な気持ちと寂寥感を照明を使用しあらわす。それに加えて、アップショットを排し、常に被写体と距離を保ち続ける。


 徹底的に梓の現在の心理を映像であらわしていく。



 唯たちの卒業という悲しみと共に、舞い落ちてくる雪。寒々しい雪の風景は、梓の心理を反映した悲しき風景となる。だが、雪の風景はこの後その意味を変えることになる。では、その悲しき雪の風景がどのようなものへと変容するのか。


 梓は、唯たちにチョコケーキを渡すべく(純たちに励まされ)、部室へと向かう。部室には唯たちが居り、梓を待っていた。唯たちはお茶をすることになり、梓が作ったチョコケーキを食べる。ここで第22話中初めてケーキを食べる。前のお茶の時に食べたのはクッキーであり、ケーキを食べてお茶をするといういつも通りのことが出来ていなかったのだが、ようやくケーキを食べれることになる。ケーキを食べてお茶するという行為は、軽音部にとって特権的なものであり、このタイミングでケーキを食べるということは、とても重要になってくる。冒頭から示されていた唯たちとほんの少し離れていた距離が、ケーキを食べることによって回復されていく。澪が「雪、かなり降っているぞ」と云い、みんなが窓に集まる(このことについて後述する)。窓から雪で転びそうになった女の子を見たりして、他愛もないことを話す。そして、みんな楽しげに笑いあう。この瞬間、画面は微妙に変化し温かみがある画面となる。

 梓は、

「なんかいいですね」

「みんなでこうしてるのっていいですね。今日は朝から寒かったですけど、先輩たちと一緒にいるとなんか寒くないっていうか。あ、もちろんトンちゃんも」

 と云う。


 窓に集まることによって、唯たちとの物理的距離も、心理的距離もぎゅっと近付いた梓。唯たちの卒業という現実を目の前にし、悲しみに襲われていた梓が見た雪の風景は、寒々しい悲しき風景だったが、今は違う。唯たちと一緒にいることで梓が見た雪の風景は、寒々しい雪の風景から、温かい雪の風景へと変容する。悲しみの中で見た雪の風景は、笑顔の中で見る温かい雪の風景へ。



 唯たちと一緒にいることによって、先輩たちとの温かさに触れることによって、梓の心は晴れていく。部室のシーンが終わると、梓は神社へとお参りに行く。梓は、唯たちが皆揃って第一志望に絶対合格できるように、卒業するまで皆で笑って過ごせるようにと祈る。唯たちの卒業に対して、少なからずともネガティブな想いでいた梓だが、部室での出来事を経て、卒業に対して前向きに接することが出来るようになったのだろう。皆で笑って過ごせるようにと云う時に、「ぶ」のキーホルダーが映し出されるのは示唆的だ。


 この時、薄暗かった灰色の風景はなくなり、夕暮れの明るい風景に変化していた。梓の心理と連繋するように、風景も変化していく。梓の心情が灰色の時は、灰色の風景に。梓の心情が晴れやかなものになれば、夕暮れの明るい風景に。風景を用いて、梓の心情をあらわしていく。

 寒さは徐々に薄れていき、温かさへと変わっていく。それは、春の訪れを指し示してくれる。

 梓がポケットの中に手を入れると、唯から貰った飴玉が入っていた。卒業ということで唯たちが遠くなるように思えた梓だが、実際は遠くなどにはならない。唯がくれた飴玉のように、すぐ近く(ポケットの中に)いる。梓は飴玉を口に入れ、「甘っ」と云う。



 派手に見せることなく、堅実に見せていく。レイアウトも秀逸だし、良き回でした。


 そう言えば、和はどうなったんだろう。今回、まったく登場していない気が。



狭まれた窓


 Bパートの部室でのシーン。皆が窓に集まり、外の雪を見る所。


 見ていて「そうか、このために窓を塞いでいたのか。何か意味があるかと思ってたらこれか!」と一瞬思ってしまった。トンちゃんの日よけのために貼られた黒い紙(紙じゃないかもしれないが。第11話「暑い!」の時に貼られた)があるため、外を覗ける窓が狭まれている。そのため、必然的にみんなが狭い一箇所に集まり、身体を密着させるようになる。自然と皆の肌と肌が触れ合えるようになっている。そうすることで、梓が身体的も心理的にも温かいと感じるようになるわけで。最終的に皆でぎゅっと抱き合うことになる。あの黒い紙がなければ、軽音部の皆があそこまで身体を密着させることができなかったと思うし、このシークエンス自体が成立しなかったようにさえも思える。それに加えて、一箇所の窓からみんなで同じものを同時に見るという行為をやらせたかったのだろう。それによって、HTTの絆/融和を描けるようになる。みんなの身体を近接させるために、黒い紙が存在し、この時のために何話も前から周到に用意されていた。黒い紙はそういう意味があったのだ。

 ・・・・っていう風に一瞬思ったんだけど、そんなことはないわけで。黒い紙はこの時のために用意されたわけでなく、額面通りトンちゃんの日よけのためにあり、今回は元々あった黒い紙を利用した形になったと思う・・。



椿の花、桜の花


 本編中、印象的に挿入される椿の花。椿の花が映しだされる時、きまって梓は「卒業」という言葉を意識するようになっている。神社で憂から「卒業」という言葉を聞くと、椿の花が映し出され、職員室でさわ子先生から「卒業」の言葉を聞くと、これまた椿の花が映し出される。「卒業」の言葉を聞き、複雑な気持ちになった梓と共にあらわれる椿の花。唯たちの卒業に対する梓の心情と椿の花は連繋している。花言葉は、誇りだったり、贅沢だったり、おしゃれだったり、控えめだったり、謙遜の美徳だったりと、何が何やら(関係なさそう)。控えめな愛ってところでしょうか。冬の風景のなかに、真っ赤な色があるのはかなり印象的だったりするので、そういう意図もあるのかな(そういえば、梓のムスタングも赤いし、マフラーも赤ったり、携帯も赤ったりする。ま、関係ないか・・)。椿の花から、春の桜の花へと、花は移り変わる。最後に唯たち4人の桜の花が本物の桜の花より一足先に咲く。確か、椿って冬終わっても春まで咲いているような気が。今回は「花」が重要な要素の一つになっている。



おまけ


 唯たちの合格がわかるところの見せ方が良かった。純が憂の方を見ると、うずくまっている憂を見つけ、すかさず梓の方を見る。純の視点から、憂と梓のリアクションを見て、合格がわかるっていうのがなかなかよかった。