『けいおん!!』番外編(第26話)「訪問!」 唯たちの最終回


 最終回に相応しい見事な回だった。

 唯たちにとっての最終回は、最終回(第24話)「卒業式!」(脚本/吉田玲子、コンテ/山田尚子、演出/山田尚子・坂本一也、作監/堀口悠紀子)ではなく、番外編(第26話)「訪問!」(脚本/花田十輝、コンテ・演出/米田光良、作監/門脇未来)だったように思える。


写真と軽音部からの卒業


 アバン。桜の花が舞っている様が映し出される。季節は春。澪たちと梓の会話から、唯たちが2年生・梓が1年生の時の話だということがわかる。梓の入部記念として、写真撮影をしようとする唯たち。どうやら家族写真を模倣して写真撮影をするらしい。家族写真を模倣しての写真撮影は、梓が軽音部という一つの家族に迎えられたという意味なのだろう。この写真撮影は、第1期5巻のジャケットであり、第26話「訪問!」は第1期のジャケットを多数用いていく。

 第26話「訪問!」は写真が多く登場する。アバンの記念写真であったり、卒業アルバムだったり、ラストの写真撮影だったり。写真を媒介にして、唯たちは軽音部で過ごした日々と繋がっていく。

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 写真撮影時の回想から、部室で写真を見つめている梓へと場面は切り替わる。場面が切り替わると、写真撮影時に流れていた明るいBGMは停止される。水槽内を泳ぐトンちゃんを捉えたショットから、少し物憂げに写真を見ている梓のショット、梓を捉えたロングショット、長椅子に置かれた梓のバッグと掛けられたギターを映し出したショットへと続く。これらの一連のショットは、状況説明の意味合いもあるが、梓が「一人」だということを強調するようにもなっている。少し物憂げに写真を見つめている梓のショットでは、画面中央で梓が捉えられることはなく、若干画面左側へと寄っている。画面中央から若干右側に移動した所には、日よけのための黒い紙があり、右と左で梓と黒い紙が対になっているようにみえる。日よけの黒い紙が随分と印象的に映る。画面に映る四角い暗黒は、梓の心理的陰影を視覚化したかのようだ。ロングショットでは、写真撮影時の賑やかさと対比的である部室内で一人佇んでいる梓を捉え、どことなく寂寥感が漂う。軽音部のみんなで記念撮影する際に集まっていた長椅子には、梓のバッグとギターが置かれ、唯たちはもうそこにはいない。みんなでの賑やかで明るい記念撮影時とは対照的に部室に一人でいる梓。軽音部に家族としてあたたかく迎えられた梓だが、今や彼女は一人となってしまった。アバンは、梓の「一人」を強く意識させる作りになっており、その「一人」に対して梓はどう向かうのか。それは、Bパートラストで明かされる。




 Aパート。唯たちは部室でお茶を飲みながらみかんを食べている。唯は「浮きます」と云って、みかんに指を刺して宙に浮いているように見せる事を行い、律に「それ前にやった」と云われる。これは、第1期3巻のジャケットの事なのだろう。部室に卒業アルバムの見本を持った和がやって来て、みんなで卒業アルバムを見ることになる。唯は前髪の件で卒業アルバムの写真の差し替えを望むが、和は差し替えはできないと云う。和はさわ子先生に卒業アルバムの見本をチェックしてもらいたいのだが、さわ子先生は現在風邪を引いて自宅で寝込んでいるので、チェックができないらしい。唯は、さわ子先生に写真の差し替えを頼もうと思い付き、卒業アルバムのチェックを名目にさわ子先生の自宅へとみんなで行くことになる。

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 さわ子先生の自宅へと着いた唯たちは、さわ子先生の身の回りの世話をすることになる。唯たちが、料理をしたり、洗濯をしている姿をさわ子先生は卒業アルバムを見ながら眺める。卒業アルバムの軽音部の写真を見て、さわ子先生は写真撮影時のことを回想する。唯がティーカップを持ち、ティーカップの中に澪たちがいるように見せているのは、第1期2巻のジャケットのもの。さわ子先生は、軽音部のみんなと過ごした楽しい日々を思い出し、優しく微笑む。梓が写真を媒介として過去の日々と繋がったように、さわ子先生も写真によって過去の日々と繋がる。




 ベランダに出ていた唯たちは、夕日が沈む瞬間を一緒に見る。『けいおん!』では、一緒に一つの対象を見るという行為が結構ある。例えば、2期第22話「受験!」(脚本/花田十輝、コンテ・演出/高雄統子作監/西屋太志)の回で窓から五人一緒に外の雪の風景を見たり、2期第12話「夏フェス!」(脚本/吉田玲子、コンテ・演出/坂本一也、作監/秋竹斉一)の回でフェスの夜に五人一緒に見た満天の星空であったり、1期番外編(第14話)「ライブハウス!」(脚本/吉田玲子、コンテ・演出/石立太一作監/秋竹斉一・堀口悠紀子)の回で五人一緒に見た初日の出であったりと、一緒に一つの対象を見るという行為は頻出する。同時に同じ対象(一つのものを見る)を共有し、皆は同期する。一緒に同じ対象を見るという行為は、彼女たちの絆を象徴するものであるように思える。

 『けいおん!』において、「一緒に一つの対象を見るという行為」は、絆がある者同士が行える特権的な行為だといえる。一緒に同じものを見て、強い絆を育む。




 今回は梓を抜いて、唯・澪・律・紬の四人で夕日を見る。梓を含めた五人ではなく、唯たち四人で見るということは、唯たちと梓の別離を感じさせる。これからは、同じ景色を唯たち四人で見ていく(一緒の大学へ行く)。そこには、梓はいない。唯たちは軽音部から(梓から)旅立ち、新たな場所へと行く。では、唯たちがいなくなったら、梓は誰と同じ景色を見ていくのか。



 さわ子先生の友人が見舞いのためにマンションへとやって来る。さわ子先生の友人から、唯たちが卒業してからの軽音部のことを尋ねられる。部員の人数の事や廃部になるんじゃないかと云われ、唯たちは口ごもる。友人たちの問いに、さわ子先生は「軽音部はなくならない」とはっきりと強く云う。


 唯たちは、学校に向かっている時に、なぜさわ子先生は「軽音部はなくならない」と強く云ったのだろうと不思議がる。学校に到着すると、ギターの音が聞こえてくる。「あずにゃんだ」と唯は云って、部室へと走り出す。

 唯の階段を上がっていく運動と唯・澪・律・紬が階段を下りる縦の運動、唯たちの廊下を疾走する横の運動、そしてラストの振り返りとジャンプ。画面を縦横無尽に移動する豊かな運動は、爽快であり、見ている者を高揚させる(走るという運動は、何故こうも見ている者の心を揺さぶり、感動させるのか)。



 部室へと着いた唯がドアを開けようとすると、中から純と憂と梓の声が聞こえてくる。梓・純・憂は、新歓ライブに向けて練習をしていたのだった。唯たちは梓たちの邪魔にならないようにと部室へと入ることはなく、走って去っていく。アバンでは一人でいた梓だが、もう一人ではない。梓には、純と憂がそばにいる。梓は、これからは唯たちとではなく、純と憂と(もしくは新入部員と)一緒に同じ景色を見ていくのだ(2期第5話「お留守番!」で見せた梓・純・憂の絆が想起させられる)。唯たちが部室へと入ることがないのは、そこには梓と純と憂がいるからであり、軽音部の部室から唯たちが旅立っていくことが示される。


 去っていく唯たちに向けて、梓は曲を演奏をする。これは、最終回(第24話)「卒業式!」のラストの演奏を想起させる。最終回で唯たちは、梓に向けて「天使にふれたよ!」という曲を演奏する。第26話「訪問!」では、梓が唯たちを見送るように演奏する。残る梓のために唯たちは曲を贈り、旅立っていく唯たちのために梓は曲を贈る(唯たちが作曲した曲を)。第24話「卒業式!」のラストの演奏と第26話「訪問!」のラストの演奏は照応関係にあると云える。




 梓には純と憂がいること、新歓ライブに向けて練習していることを知り、唯たちはさわ子先生の「軽音部はなくならない」という言葉の真意がわかっただろう。廃部にならずこれからも軽音部は続いていくんだということがわかり、その喜びを爆発させるかのように、梓たちの演奏ともに満面の笑顔で学校中を疾走する。唯たちが学校内を疾走していると同時に、学校の様々な景色が映し出される。それは軽音部への心残りが消えた唯たちが、軽音部に・教室に・学校に別れを告げているかのようだ。




 唯たちは最終的に学校を飛び出して(それは唯たちが学校からいなくなることを示す)、振り返ってジャンプする。すると、場面が転換し、唯たちがジャンプしている様を写真撮影しているのを映し出す。これは、第1期7巻のジャケット。

 ラストはHTTのジャンプで終わる。彼女たちの「飛翔」で物語は締め括られる(澪は飛び損ねているが)。唯たちらしい物語の締め括り方だ。




 新たな軽音部が動き出していることを唯たちは知り、これで彼女たちは軽音部から完全に卒業できる。


 梓と唯・澪・紬・律のそれぞれの未来を希望溢れるかたちで描いているのは、本当の最終回として相応しいものだったように思える。



おまけ


 やっぱ、欠かせない亀の触り。