高雄統子の凄み〜『アイドルマスター』第24話「夢」〜
脚本/土屋理敬、コンテ・演出/高雄統子、作画監督/赤井俊文。
鬼気迫る凄みを持った素晴らしい回だった。
高雄統子さん切れまくっている。これは、すごい。
Aパートは陰影を強調した照明設計となっており、「影」が強く印象される。春香が仕事を休むまでの間、その心理的暗影を表すかのように、屋外では常に灰色の寒々しい冬の空であり、屋内は薄暗く閉塞感漂う空間になっている。色彩も乏しい。Aパートは、ほぼそのような画面設計が行われている。
それと「間」も特徴的だ。1ショットの持続時間を少しのばし、独特の間を作り上げている(Aパートの電車でのシーンやBパート春香の自室シーンなど)。
Aパートでの春香の孤独さを強調する見せ方も良い。
印象的なのは、カメラをあまり動かさないこと。春香を捉えるとき、ほぼFIXで捉えて、夢を見失い葛藤し孤独に苛まれる彼女の姿をありのままに映し出す。それとカメラワークの抑制は、高雄統子さんの計算された緻密な構図を見せつけるために行われている節もあるように思える。
春香と近い距離にいる千早だけど、Aパートでは春香とは常に一定の距離を置かれる画面配置となっている。タクシーの車内でもその心の距離を示すように端と端に置かれ、視線を交差させることもない。
電車でのシーン。カメラは春香に接近することはあっても、その多くは距離をとって春香を映し出す。引き気味のカメラは、春香の孤独さを切り取る。
春香が律子にライブに専念したいと申し出るシーン。ここのでの画面中央に人物を配置せず、画面端に人物を配置する不均衡な構図は、見ている者に違和感を与え、通常の状態ではない不安定さを印象づける。
特に美希に「どうしたいの?」と尋ねられたときの春香を捉えた構図は、春香の動揺と迷いの心理を明確に表す。春香が極端に画面右端に追いやられたアンバランスな構図が生み出した画面の余白が、春香に生じた心理的空白をそのまま表現したかのようだ。構図により、人物の心理を映像によって表現する。
Bパートに入ると、Aパートのような薄暗さと閉塞感漂う空間が排され、明るさと広々とした空間が用意される。灰色の色彩の乏しい世界から、多彩な色彩の世界に変わる。それは、春香の回復の兆しと云える。
病室でのプロデューサーと千早のシーン。ここでの光と影の明暗も印象的。千早の会話に連繋するように、結露で滴る水滴はまるで涙のようだ。
プロデューサーには常に光があたり、千早は影に覆われる。しかし、プロデューサーに自分の想いを告げ、プロデューサーにアドバイスを貰うと心の影が取り払われたかのように、千早を覆っていた影が取り除かれ、光があたる。
二本の飛行機雲が映しだされるショットがある。これは、千早が稽古場にみんなを集めたシーンの前に映し出される。今にも交差しようとしている飛行機雲は、春香と765プロ面々が再び交わろうとしていることを示してくれる。
誰もいなくなった稽古場にみんなが集まるシーンは感動的だ。「家に」みんなが再び集まった。
春香の迷いが消え去った時に映し出される、夕空から夜空へとちょうど変わる美しい空。この空は高雄統子さんがコンテを担当した第20話「約束」で千早の心理的暗影が取り除かれたときにも映し出された。高雄統子さんは、この空が好きなのかな。
それにしても清々しい綺麗な空。
『アイドルマスター』の最初の数話の時、「あまりぱっとしないなぁ」なんて思っていたけど、話が進むに連れ、どんどん面白くなっていった。第20話や今回の高雄統子さんは、ホントに素晴らしい。傑作とはこのこと。
次回のクライマックスが楽しみです。