『心が叫びたがってるんだ。』


 観てきました。素晴らしかったです。


 肌理細やかな描写の数々が良かった。登場人物の所作一つ一つが意味を持っており、それが人物造形を豊かにしている。


 演出面もこれまた良かったです。




 作中、「殻」のモチーフが度々登場する。

 
 成瀬順は、自分が発した言葉よって、家族を壊してしまったことに強いショックを受け、「自分の想い・自分の言葉」を他者に発することが出来なくなってしまっていた。「殻」の中に閉じこもっている状態なのだ。


 成瀬は、言葉を発しようとすると、お腹が痛くなり、トイレへと駆け込んでしまう。学校のシーンでもそれは度々訪れる。成瀬が駆け込むその薄暗い女子トイレの個室は、まさに「殻」そのものだ。想いを発露しようとしても、それがうまく出来ず、女子トイレの個室=「殻」に戻ってしまう。


 成瀬は自宅に帰ると、部屋の中の明かりを付けずに暗い中で食事をする(食卓の上の明かりだけを付ける)。なぜ、そのような事をするのかというと、母親から訪ねてくる近所の人と話さないようにと言われているためであって、誰もいないように見せるため不必要な明かりは付けないようにしているのだ(成瀬が話せないため、ご近所の人に会わせたくない)。彼女は、薄暗い自宅で、誰かが訪ねてきても、それに応じることなく、閉じこもっている。その状態は、「殻」の中にいると言えるだろう。


 しかし、その「殻」は徐々に取り除かれていく。坂上たちとの交流によって、成瀬が自分の想いを発露しても腹を痛める回数が減っていき(携帯電話のメールのやりとりなど)、「殻」(=トイレの個室)からは遠ざかっていく。さらに、母親に言われ、自宅から出ないようにしていたが、訪ねてくる近所の者に対しても、応じるようになる。他者との交流を深めることによって、「殻」が徐々に壊れていく。


 だが、成瀬は坂上の仁藤に対する想いを知って、また、「殻」に閉じこもってしまうことになる。その閉じこもる「殻」の場所はどこかというと、成瀬が言葉を失う原因となった丘の上のラブホテルである。彼女は、廃墟となったお城の薄暗い個室に閉じこもり、出てこなくなってしまう。再び「殻」の中に閉じこもってしまうのだ。


 「殻」に閉じこもる成瀬のもとに、坂上が訪れる。坂上を拒絶する成瀬だったが、自分の想いを全て坂上にぶつける。その想いは、他者を傷つけ、全てを壊してしまうかもしれない本当の「心の叫び」であり、坂上はそれを受け止める。そこで、成瀬は、自分の全ての想い、自分の全ての言葉をさらけ出して、心の「殻」を打ち破り、その「殻」の外へと出ていく。


 そして成瀬は、舞台へと戻り、心に閉じ込めていた、伝えたかった気持ちを歌に変え、舞台会場の皆へと届けるのだった。


 この心の「殻」を壊していく描写がよかった。



 長井監督の手腕も良かったし、岡田麿里さんもよかった。『凪のあすから』以来の久しぶりの岡田節だった。岡田麿里さんの独特の言い回し、なぜその場面で、この言葉をチョイスするのかという言葉のセンスなど、岡田麿里さんらしいなと思う場面がいくつもあり、面白かった。冒頭にある玉子の妖精と成瀬のシークエンスでの妖精が言う「おじゃん」とか(なぜ、ここで「おじゃん」を選択するのか、もっと別な言葉もあるはずなのに)、成瀬と坂上のお城の中でのシーンでの成瀬が発する自分の想いの言葉の数々とか。素晴らしいです。



 最後に、良かった部分を箇条書きで。


 ○坂上の祖父が古くなって壊れてしまった自転車を修理していると、坂上が自分の自転車を使っていいと言う(そうすると徒歩で、学校まで通学することになるのだが)。そこから、成瀬が祖父のことを大切に思っていること、自分を親の代わりに祖父・祖母に感謝していることがわかる。坂上と祖父の関係性を一瞬にして説明してしまう効果的な描写


 ○坂上の家に、成瀬の母が保険の外交員として訪ねてくる。そこで、坂上と自分の娘が同じ学校に通っていると知ると、成瀬母の表情は曇る。その後、祖母から、成瀬母が自分の娘は明るくおしゃべりな娘だと話していたということを伝えられる。成瀬母が自分の娘が話せないことを、ひた隠しにして、嘘までついていることがそこからわかり、成瀬母の娘に対する想いがわかる


 ○坂上DTM研究会に所属している。そこから坂上が作曲・音楽に関して、まだ興味を失っていないことがわかる。


 ○仁藤の性格の裏表が描かれているのが良かった。みんなに見せる優等生的な一面と坂上に見せる素の部分。


 ○成瀬の自宅が新興住宅地という舞台設定が良かった。まだ空き地が多い新興住宅地に新築の家を買って、これから家族で暮らしていくぞという時に、離婚。成瀬母は生活と娘を育てるために、奮起するわけで。

   
 ○坂上の祖母が成瀬に出す飲み物が、カルピスっていうのが、おばあちゃんって感じがする。

   
 ○坂上宅にあるピアノ。親の離婚によって、坂上はピアノを弾くことはなくなっていたが、成瀬の想いを曲にしようとピアノをまた弾こうとする。そこで、久しぶりにピアノに触れて、坂上はあることに気づき「ばあちゃんか」とつぶやく。祖母は、成瀬がいつでもピアノを弾ける様にと手入れをちゃんとしていたのだった。祖母の成瀬に対する想いをさらっと描写するこの素晴らしさ。


 ○田崎が成瀬に想いを寄せていく描写もちゃんとしているのが良かった。さりげなくだけど。

  
 ○坂上たちはスマートフォンなのに、成瀬がガラケーという設定も良い。成瀬のリュックも成瀬の本来の性格嗜好をよく表している。作中の登場事物の服装や持ち物から、彼らの性格がわかる。

   
 ○坂上と仁藤が渡り廊下で会話するシーン。渡り廊下の柱、照明の明暗によって、彼と彼女の間には線が映像的に引かれ、分断されている。そこから、彼と彼女の想いの繋がらなさが感じ取れる。