結果がわかっていても、ドキドキさせるってすごい〜「ソウルイーター」と「アイシールド21」の場合〜




ソウルイーター SOUL.1 [DVD]

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アイシールド21 29 (ジャンプコミックス)

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ソウルイーター』第23話 「デッドオアアライブ!〜復活と幻覚の狭間で?〜」を見て、結果がどうなるのかわかっていても手に汗を握りながら見てしまいました。






僕はソウルイーターの原作漫画は読んだことがないのですが、キッドとブラックスターの鬼神復活阻止ができない事やシュタインがメデューサに勝つことはなんとなくわかっていました。それは、ストーリーの展開上、鬼神復活阻止やシュタイン敗北は、ぼんやりとですが「あり得ないな」と思っていたからです。うまく言葉にできないのですが、例えば「アイシールド21」の泥門デビルバッツVS白秋ダイナソーズ戦は、読者の殆どが泥門デビルバッツが勝利することを分かっていたと思います。それは、物語の展開上そうせざるを得ない事、つまり泥門がダイナソーズに勝たないと物語が破綻してしまうし、進展もしないことから、読者の殆どが泥門が勝つことは理解していたのではないでしょうか。泥門が勝つことは約束されていたと言っても過言ではないでしょう。しかし、「約束された勝利」でも、「結果が分かっていた」としても、ドキドキしてしまうことがあります。結果が分かっている「予定調和」の世界でも手に汗を握って、ハラハラしながら見てしまうことってありませんか? 








アイシールド21ダイナソーズ戦では、泥門デビルバッツの要であるヒル魔が峨王によって怪我を負わされてしまいます。泥門唯一のクォーターバックである蛭魔が怪我を負わされたということは、泥門の敗北を意味しています。「白秋ダイナソーズに泥門デビルバッツは必ず勝つのに、なんで泥門が負けそうになるんだ」、「もしかして、泥門負けちゃうの?」と読む側はハラハラしながら読んでしまいます。もちろん泥門が勝つことは揺るがないのですが、なぜか「負けてしまうんじゃないのか」という不安を抱えてしまいます。そういう受け手に、「もしかして負けるんじゃないの?」と思わせる作り手の技術にってすげえよなぁと素直にに感心してしまいます。この「結果がわかっているのに、ハラハラさせる技術」って単純そうに見えて、めちゃくちゃ高度な技術なのでしょう。だって、この技術を下手に使ってしまうと物語自体が崩壊する可能性があるし、わざとすぎると受け手が読む気をなくしてしまう可能性もあるからで、それをうまく使いこなせるってプロじゃないと不可能じゃないんでしょうか。アイシールド21では、その技術(手法?)が頻繁に使用されており、原作の稲垣理一郎さんの構成って凄いよなぁと毎回思っています。









それで、今回のソウルイーターでも同様に「シュタインが勝つことはわかっているのに、シュタイン負けるんじゃないの?」と思ってしまいました。それは、シュタインの首がメデューサによって落とされるのが、もはや確定事項であったからです。*1それと同じく、キッドとブラックスターの鬼神復活阻止でも、鬼神が復活することは薄々わかっているのに、Aパートラストでブラックスターが鬼神復活阻止を成功させてしまいます。「え〜、鬼神復活しないの?」と殆どの視聴者が思ってしまったでしょう。しかし、Bパートでブラックスターは幻覚にかかっていて、鬼神復活阻止は失敗に終わったことが判明します。時を同じくして、キッド達の失敗により鬼神が復活し、メデューサにほんのちょっと隙が生まれ、絶命寸前だったシュタインがメデューサに逆転勝利します。このように今回のソウルイーターでは、「結果が何となくわかっていてもドキドキさせる」技術を巧みに使っていました。






上に書いたように、こういう「結果はわかっている」→「でも、逆の結果に進む」→「予想を裏切られ、ドキドキする」→「しかし、結局予想通りの結果になる」って、単純でありふれた構造だけど、物凄く魅力的で、尚且つ高度な技術だよなと改めて認識させられました。










いや〜、今週のソウルイーター面白かった!!!

*1:どうやっても、シュタインは勝てない状況に追い込まれていた