巧みな春香の心理描写〜『アイドルマスター』第23話「私」〜


 脚本/白根秀樹、コンテ/舛成孝二、演出/高橋正典、作監/飯塚晴子山口智



 961プロの妨害が終わり、第22話「聖夜の夜に」からは春香にスポットを置いたエピソードが展開される。第22話で示されたように、765プロの面々は今や大人気アイドルとなっており、その多忙さから皆が一緒に揃うという機会がなくなっていた。皆がアイドルとしてそれぞれの道を歩み始める中、春香は昔のようにみんなで集まろううと考え、懸命に動き回る。


 春香は、765プロの面々を大切に思っており、皆との絆を何よりも大事にしている。みんな一緒にトップアイドルとして活躍しようという意識が強いように思える。しかし、春香のその想いとは裏腹に、皆は別々の道を走っていく。第22話からは、春香の想いが徐々に届かなくなっていく様が描かれていく。



 アバンで示される765プロの多忙さ。CMにTVに雑誌にと引っ張りだこな彼女たち。スケジュールを書き込むホワイトボードも仕事の予定で真っ黒だ。そのためニューイヤーライブの合同練習に参加できるメンバーが少なくなっていった。前は皆で一緒に練習していたが、それが出来なくなっていることに心を痛めている春香。


 少し前までは事務所に765プロの面々が集まり賑やかであったが、今仕事の帰りに事務所を訪れるアイドルは春香ぐらいになっている。


 事務所の机にはファンたちからの送り物が納められた段ボールが置かれている。これは、春香たちの人気っぷりを表すものでもあるが、皆が集まっていたソファーや机に置かれているということは、誰もソファーに座ったり、机を挟んで会話したりすることを長らくしていないことが示される。事務所自体も段ボールが多く置かれており、皆のたまり場だった場所が、物置きのような別な空間に変化している。もうここは、皆が集まる場所ではなくなりつつあるのだ。

765プロの家族的な場所、つまり家が喪失しかけている。




 飲み物を一人で飲む春香を捉えた1ショット。少し前までは、みんなの声で溢れていたが、今は違う。ココアを啜る音だけが響く。


 カメラは引き、画面左側に春香が配置され、画面中央にぽっかりと空間が生じる。その画面の空白は、誰もいなくなった事務所と春香の心理的な空白を表してくれる。寂寞感漂う構図だ。みんなのコートが掛けられるはずのハンガーラックが、春香と小鳥だけというのがどこかさびしい。




 プロデューサーにニューイヤーライブのパンフレットを渡されて、春香は喜び、みんなに積極的に声を掛け、一緒の合同練習を目指す。春香は仕事よりも、みんなとの時間を大事にしているようだが、みんなはそれぞれの仕事の方が大事のように思える。


 海外レコーディングに出かける千早を笑顔で送り出した春香だが、自宅のシーンでは皆の練習ビデオを物憂げな表情で見つめる。やはり、春香はみんなと居たい。




 春香はみんな集まらなくてもあきらめずに誘いつづるのだが、皆仕事が忙しく全体練習が中止になってしまう。この時、激しく降る冬の雨は皆が来れないという春香の悲しい心情を表しているかのようだ。



 Bパート。


 雪歩のセンターでの曲披露と「生っすか!?サンデー」の打ち切りが伝えられる。この二つ出来事には意味がある。それは、それぞれの旅たちだ。雪歩のセンターの場合では、それぞれ自分のアイドルとしての道を歩み始めていることを示し、「生っすか!?サンデー」の打ち切りではもう皆が一緒に集まる仕事がなくなることを示す。春香は「生っすか!?サンデー」の打ち切りをとても悲しく思うが、他のメンバーは「しょうがない、最後まで頑張ろう」という考えで、あまり悲しんでないように見える。「生っすか!?サンデー」の打ち切りは、春香以外のメンバーは一つのものが終わり、新しいスタートだと捉えているように思える。


 春香はみんなで集まる唯一の仕事がなくなり、ショックを受け、みんなそれぞれのアイドルの道を歩み始めていることを知る。もしかすると、自分だけがみんなと一緒にトップアイドルになりたいと考えているのではないかと今の春香は思っているかもしれない。


 春香と美希はミュージカルの稽古をする。そこで、春香は美希に対して「一緒に頑張ろう」と云うと、美希は「それは嫌だ」と返す。主役を取りにいくと美希に云われた春香は驚く。

 春香は、みんな一緒に頑張ってアイドルとしての道を歩みたいと思っているが、765プロの他のメンバーはそれぞれの道を歩み始め、一緒に頑張るではなく競い合っていくという考えにひどくショックを受ける。


 稽古のシーンの次に歩道橋を歩く春香が捉えられる。


 本編中、3回歩道橋が登場する。一回目は千早と春香が会話しながら歩くシーン。二回目は雨の中を傘をさして歩く春香のショット。一回目と二回目は、画面右から画面左へと春香は移動するのだが、三回目では画面左から画面右へと今までと逆に春香は移動する。なぜ変化が起きたのか。それは、春香の心理的変化と連繋しているようだ。一回目と二回目の時点では、春香は皆と一緒にアイドルを頑張るという強い想いがあったが、三回目の時点では美希に一緒に頑張ることを拒絶され、その想いが揺らいでいる状態。みんなを集めて練習をしようと正の想いがある時は、画面右から画面左へ。みんなで一緒に頑張る想いが砕かれたという負の時は、正の時とは逆の画面左から画面右へと向きを変える。

 一回目


 二回目



 三回目




 歩道橋のシーンから事務所へと移行すると、そこには毎回必ず事務所にいたプロデューサーが不在になっており、誰もいなくなってしまった(社長はいるが)。千早の不在、プロデューサーの不在で、春香は徐々に追い詰められていく。春香は何かあったとき、自分の頭を小突いて、明るく笑顔でいようと心がける。しっかりしろと自分に喝を入れているようなものだと思うが、本編の終盤になってくると頭を小突くことはしなくなり、いつも笑顔でいた彼女が常に沈鬱そうな表情を浮かべるようになってしまっている。終盤の稽古のシーンで、プロデューサーに何かあったのかと聞かれ、そこで自分の頭を小突いて一瞬笑顔を見せるが、すぐに暗い表情をに変わってしまう。いつも笑顔である春香が変わってしまうほど、今の彼女の心は影に包まれている。




 最後に春香を庇い、病院に運ばれるプロデューサー。そこで、大粒の涙を流す春香。




 765プロのメンバーと一緒にアイドルとして頑張っていきたい春香の想いと他のメンバーの想いとのちょっとしたすれ違いを丁寧に描写していくのがとてもよかった。今後どのように展開していくのか気になる。『アイドルマスター』後半めちゃくちゃ面白い。

おまけ


 小鳥が春香にココアを出すとき、カップの取っ手を取りやすいように春香の手前に押す細やかな描写がよかった。こういう何気ない仕草を描写するのはさすがだなと思った。