『ささめきこと』第9話がすごく面白い〜蒼井あずさと反復と風景と窓〜


 『ささめきこと』第9話「ひまわりの君」について色々と書いていきたいと思います。


反復と風景と窓


 アバン冒頭のファーストショット、物語の幕開けは蒼井あずさのクロースアップショットから始まる(図1)。重苦しいピアノの音が響き、背景は白と水色の2色だけになっている。同人誌製作に真剣に取り組む蒼井あずさに付いていけなくなった友人たち(友人ではないのかもしれない)が彼女を非難し去っていく。白を基調とした背景と重苦しいピアノの音が合わさり、彼女の非難され傷ついた心をより強調する。この色彩が失われた背景とどこか悲壮感が漂うピアノの音はもう一度反復されることになる。それについては後程。ラストの蒼井あずさを画面中央に捉えたロングショット(図1)、画面のほとんどが白色と水色に支配されており、ぽつんと画面中央に配置された(自然と視聴者の視線が蒼井あずさに注視される)彼女の姿は同じ趣味を持つ友人たちとわかり合えなかった悲しみと孤独が感じられる。冒頭の印象的なクロースアップとラストのロングショットの対比。そしてアバンは終わり、OPが始まる。


 アバンでわかりやすく提示されたように、今回の挿話の主役は蒼井あずさであり、その蒼井あずさの苦悩が描かれることになる。

図1




 Aパート、テストが終了し、蒼井あずさは村雨純夏と一緒に「オール百合ジャンル同人即売会 ゆりフェス」に出ることに期待を膨らませ、村雨純夏に「ゆりフェス」のことについて話す。しかし、当の本人は風間汐とのおかしなジェスチャー(風間の兄が蒼井あずさが心酔している作家・織野真紗香であり、それがばれないようにとの純夏と汐のやりとり)に夢中であり、蒼井あずさの話をまったく聞いていない。話をよく聞かなかったことが後々事件を起こすことになる。ここでは、村雨純夏を蒼井あずさに取られてしまうのではないかという風間汐の心理を村雨純夏とのオーバーすぎるジェスチャーで、当麻みやこが指摘しているように村雨純夏と風間汐のやりとりにまったく気付かない程同じ趣味を持つ仲間・親友を得て心底舞い上がっている蒼井あずさの姿がよく描かれている。


 蒼井あずさが下校する場面。ここではアバンと同じく重要な場面であり、Bパートに同様なシチュエーションがもう一度反復され、意味を持ってくるようになる。交差点で歩行者信号が赤になり、蒼井あずさは横断歩道の前で止まる。彼女の目の前には男子高校生二人組がおり、二人組は夏休みの生活について会話している。それを盗み聞きした蒼井あずさは、「ふふふん、君たち凡百はどうぞ、自堕落な夏を送ってくれたまえ」と心の中で呟き、これから始まる村雨純夏との楽しい夏休み生活を夢想する。信号は赤信号から青信号へと変わり、横断歩道を歩く男子高校生を抜き去る勢いで蒼井あずさは走っていく(図2)。彼女のその姿からは新しい友人・村雨純夏を得た喜びが全面に溢れている。

図2


 この後、蒼井あずさは酒屋を営む家に帰宅する。ここで父親が描写される。酒の配達をして外にいる父親が後で意味をもってくることになる。




 蒼井あずさは村雨純夏との同人誌製作のために原稿を書き続ける。最初は二次創作であったが、自分と村雨純夏をモチーフにしたオリジナルの自作小説を書き始める。オリジナル小説を書くために、書店で資料を探し、食事中も小説のことを考える。村雨純夏のため、初めて友達と作る同人誌のために、彼女はオリジナル小説を完成させるために書き続ける。つらい作業と言うより、友達と本を作れる喜びのために彼女にとって楽しい作業であったことは間違いがないだろう。そして、彼女は遂に初の完全オリジナル創作小説を書き上げる。小説を書き上げた疲れからベッドに倒れ込む。そこで今回のタイトルにもなっている「ひまわり」を着想する。


 自分と村雨純夏が楽しく同人誌製作をする姿を彼女は思い描く。


 しかし、次のシーンでその思い描いたものは打ち砕かれる。ここから今までとは打って変わり怒涛の展開が待っている。


 終業式の日、蒼井あずさは村雨純夏が同人誌製作についてすっかり忘れていたことを知る。ここでアバンと同じく、あの重苦しいピアノの音が再び鳴り響いてくる。蒼井あずさを残して、背景は徐々に色彩を失い、最終的には真っ白になる(図3)。そして彼女は、アバンと同じく原稿を強く握るのだ。アバンと類似したシチュエーションが反復される。同人誌製作で友達に非難された時のように、趣味を共有できる友人だと思っていた村雨純夏に裏切られることになる。この反復がトラウマと言ってもいい過去をまた引きずりだすことになり、彼女が唇を噛んだあとに微笑みへと変わる要因となる。あのトラウマを思い出し、彼女は「またか」と思い、微笑む。唇を捉えた超クロースアップショットからフェイドアウトして画面は真っ暗になる。約3秒間続く暗黒の画面の時に、彼女は「大丈夫」と呟く。もちろん、こんな真っ黒な画面での「大丈夫」は大丈夫でもなんでもなく、激しく動揺する彼女を浮き彫りにする。真っ黒な画面から、仰角で捉られた木々とフェンスの間を前進するトラッキングショット(図4)に切り替わり、「平気」と力無さげな蒼井あずさのヴォイスオーバーが入る。けたたましい蝉の鳴き声と持続されて流れていたピアノの音が異様な雰囲気をかもしだす。その音の混合は、彼女のかき乱される心情をそのまま音にしたよう。その次のショットはアバンでの同人誌製作において友達に非難された様子が回想され、次は下駄箱で蒼井あずさを探す村雨純夏が捉えられる。

図3

図4



 ここまでのカット割りは唐突というか、時間や空間がよく示されず、少し混乱する作りになっている。この後下校する蒼井あずさが捉えられることによって、あのトラッキングショット(一応前進していると思われる)は蒼井あずさのPOVショットもしくは、下校する蒼井あずさを示したものだということが明確にわかる。また、急に映し出される下駄箱での村雨純夏もかなり唐突なものだろう。この少し混乱を招くカット割りが、村雨純夏に裏切られ、激しく動揺し混乱する彼女の内面を端的に表しているのではないか。



 Aパートでの蒼井あずさが下校した場面と類似のシチュエーションが反復される(同ポの反復)。歩行者信号は赤信号であり、横断歩道の前には夏休みに始めるバイトのことを話している男子高校生二人組がいる。しかし、Aパートとは明らかな差異が生じている。それは、青信号になっても彼女は横断歩道を渡らないのだ(図5)。Aパートでは、横断歩道を渡る男子高校生二人組を抜き去る勢いで横断歩道を渡った彼女だが、今度は男子高校生二人組が横断歩道を渡っていても抜かす気配はない。彼女は横断歩道の前でずっと静止している。村雨純夏と一緒に過ごす夏休みを夢見ていた彼女が勢いよく渡った横断歩道、村雨純夏と一緒に過ごす夏休みが消え去り横断歩道を渡れなくなった彼女。横断歩道は夏休みへと続く希望の装置としての機能を果たしていたのではないか。希望に溢れていた蒼井あずさは渡れたが、希望のなくなった蒼井あずさは横断歩道を渡れなくなったのだ。バイトという少なからず夏休みに対して目標がある男子高校生二人組が横断歩道を難なく渡れるのは示唆的だろう。蒼井あずさが横断歩道を渡る描写が周到に排除されているのも見逃せない。蒼井あずさを仰角で捉えたショット(フェンスで立体感を出している)の次が赤信号を捉えたショット(図5)であり、村雨純夏と過ごす夢に溢れた夏休みへと邁進していた彼女が停止してしまったさまがうかがい知れる。そこで「平気だよ」と蒼井あずさが呟く(もちろん平気なんかではない)。

図5



 蒼井あずさが家に帰る場面。Aパートの帰宅場面では描かれなかった農地(荒地なのかもしれない)の側を歩く蒼井あずさが描写され(図6)、清浦夏実の挿入歌「すぐそこにみえるもの」が流れる。今まで住宅や商店や学校やファミレスしか描かれなった街の風景が、初めて「土」の風景を描く。その今までとは異質な無人の風景が彼女に身に起きた変化を、そして孤独をうつし出しているのではないか(多分、多様な解釈が出来ると思う)。ここでは清浦夏実の挿入歌とあいまってか、彼女の悲しみと失意と孤独が全面に押し出されている。

図6


 このシーンでは、ローアングル、顔上半分を捉えたショット、ロングショットなど、彼女の詳細な表情の描写は徹底的に排除されている。表情というべきか、感情が排除されているという方が的確なのかもしれない。直接的に蒼井あずさの感情が示されることが一切ないのだ。間接的に、カット割りや音楽によって彼女の心情を感じとることは可能だろう。しかし、現在彼女がどんな表情/感情をしているのか明確にはわからない。その意図は、次の帰宅する場面で判明する。


 酒屋である自宅に帰ってきた蒼井あずさ。そこで父親と母親とすれ違う。ここで彼女の詳細な表情の様子が描写される。しかし、それは無表情に近いものであり、彼女の心情は読み取れない。彼女はオリジナル小説を書き続けてきた自分の部屋の中に入り、扉を閉める。


 時間と空間を超えずっと持続していた挿入歌が終わり、そこで、彼女はやっと感情を爆発させる。この時のために表情/感情が廃されていた。瞳からは大粒の涙がこぼれ、顔をくしゃくしゃにして彼女は泣く(図7)。内閉された自室で彼女は大声で泣き叫ぶ。その泣き声は外にいる両親や商店街の人間たちに聞こえるほどに彼女は泣くのだ(窓が開けられている)。内閉された自室は、彼女の内なるもの、それは百合趣味であったり、堪えていた情動であったりと、それらを発露させる機能を果たしているのかもしれない。ここで重要な役割を果たすのは「開けられた窓」だ(図8)。この内閉された部屋に一つだけ外部に接続されている「窓」。それは部屋のドアではなく、「窓」なのだ。この窓を通して外部の両親は彼女の叫びを聞いた。窓が外部と内部を繋げる役割を果たしている。この内部から窓を通して空間を超え外部へと届けられた蒼井あずさの泣き声が、まるで外部にいた村雨純夏に届けられ、彼女の自室へと招き寄せたかのように錯覚させる。もちろん、村雨純夏が自宅へ来た直接の要因は蓮賀朋絵の助言からだろう(直接には描写されないが)。しかし、そう思わせてしまうほど、この「窓」の外部と内部を繋げる空間に対しての感覚は目を見張るものがあるように思える。村雨純夏が自分の部屋に来て、驚き喜んだ蒼井あずさの声が、開けられた窓を通して外部(蒼井あずさの自宅前にいる)の風間汐に届けられてしまうように。

図7

図8



最後に


 物語前半まともに喋らなかった蒼井あずさが主役級の活躍をする今回の話はいつにもまして面白かったです。




おまけ


 ここでの打ち出される文字は、蒼井あずさがパソコンを使って小説を書くことに繋がってくるのだろうか・・・。