『ハートキャッチプリキュア!』第14話「涙の母の日! 家族の笑顔守ります!!」が面白い

ななみとるみ


 第14話は、放送日にあわせて「母の日」が題材となっている。今回のゲストキャラは、つぼみとえりかのクラスメイトである志久ななみとその妹の志久るみ。この姉妹を軸に物語は展開されていく。



 アバン。えりかが弁当のおかずを分けて貰うため(母親が弁当を作るのを忘れてしまったため)、クラスメイトの席をまわっていると、志久ななみの弁当に目がいく。ななみの母親は既に亡くなっているらしく、自分でその弁当を作っており、妹の分も作っているそうだ。つぼみがななみのことを「お母さんみたいです」と云ったとおり、中学2年生とは思えない程、ななみはしっかりとしており、妹・るみの母親代わりになっている。


 ななみが、母親的な存在だというのは、服装も如実に物語っている。るみを連れて買い物をするななみの私服は、14歳の女の子の服装ではなく、まるで子を持つ母親のような服装だ。同じ14歳のつぼみとえりかが着ている色彩豊かな服とは対照的に、ななみの服装は白を基調とした落ち着いた色使いになっている。えりかのミニスカートとななみのロングスカートも対照的だろう。ななみの服装と品物をうまく値切る姿からは、14歳の女の子ではなく、母(主婦)としての姿を浮き彫りにする。


 服装が、母の存在としての彼女を象徴するものとなっている。また、この服装はななみが自分を抑圧していることの象徴とも云えるだろう。本編のラストでななみはファッションに興味があることが告げられる。ファッションに興味がある者が、このような服装をするのだろうか。それは、家庭の経済的な事や母親代わりとしてこの服を着ていることを指し示してくれる。彼女はつぼみやななみのように部活動をしたいし、同年代の女の子のようにもっと遊びたいと思っており、14歳の女の子が母親の役割を演じるのには難しいことだろう。ななみが、自分を抑圧することをやめられるかどうかが第14話のポイントにもなっている。



 るみは、カーネーションを持った女の子と母親が手を繋いで楽しげに会話をしながら歩いている姿をすれ違いざまに見る(この母と娘の構図は、ななみとるみの構図と相似形である)。そこでカーネーションを欲しいとななみに告げ、つぼみの両親が営む「HANASAKIフラワーSHOP」とやってくる。カーネーションを手に入れたるみは、家に帰り、亡くなった母親の写真の前にカーネーションを置く。

 夕暮れの部屋でるみは写真の母親に語りかけ、「お母さん嬉しい?」と尋ねる。写真の母親は、るみに言葉を返すことはない。不意に悲しみが、るみへと襲いかかり、おもわず彼女は涙を流してしまう(この時、カメラが引く)。先ほど見た母と子のように、言葉を返して欲しかったのだろう。ダッチ・アングルで捉えられた母親の写真、歯を食いしばるるみのクロースアップ、素早くショットは切り替わる。短い間隔のカットから、彼女の情動(悲しみ)が伝わってくる。

 夕暮れの部屋で、陰影に覆われるるみから彼女の心理的陰影が浮かび上がってくる(この後もるみは影に覆われ続ける)。



 ここでは、写真の母親の顔が描写されることはない。写真入れの反射により、母親の顔が見えないのだ(顔上半分が切り取られたような形となっている)。現実的に考えると、るみには写真の母親の顔は見えているだろう(反射されているとはいえ)。なのに、母親の顔は見えなくなっている。それは、るみには母親との記憶がほとんどなく、母親の顔もおぼろげだとういうことを指し示してくれる(写真で顔は知っているが、記憶の中にある母親の顔はおぼろげなため)。ゆえに彼女は、より母親を求めてしまう(母親のことを知りたい)。また、母親の顔が描写されないのには、二重の意味がある。後に明かされることだが、ななみは母のことを思い出すとつらくなるから忘れようとしていた。そのために、ななみも写真の母親の顔が見えなくなっていたのだ。るみだけが見えなくなっていたわけではなかった。

 母親の顔が見えない写真が持つ二重の意味によって(るみは母親を知らない・ななみは忘れようとしていた)、ななみとるみの姉妹の心理があらわされることになる。


 見えない母親の顔が、ラストで見えるようになる。それは、ななみが母親の記憶を呼び起こし(忘却をやめること)、るみが母親を知った時(ななみが持つ母親の記憶を共有した時)に訪れる。





 るみは、ななみに辛くあたってしまう。ななみがるみに触れようとすると、ななみの手を払いのけ、拒絶する。今まで、仲良く手を繋いできた彼女たちだが、これからしばらく、るみはななみの接触を頑なに拒絶する。触れようとすると払いのけ、手を掴まれるとそれをはずそうとする。るみは、本当の母親を求めている、姉のるみが演じる仮の母親ではなく、本物の母親を(母親との記憶も)。ゆえに、ななみを拒絶してしまう。再び彼女たちの身体が接触するとき、ななみとるみの間の蟠りが解消されるだろう(それはラストで訪れる)。


 るみに拒絶されたななみは、心の陰を深めていってしまう。父親に頼りたくても、父親の頓珍漢ぶりというか、状況をあまりわかっていないため、全然頼りにならず、一人で解決しなければいけない状態になってしまう。ななみはるみに近づこうとするが、ことどとく拒絶されてしまう。

 家を飛び出してしまったるみを追いかけるななみ。ななみは、るみの腕を掴むが、るみに払いのけられ、その時に払いのけた手がおもわずななみの顔に当たってしまう。るみは、その時「お姉ちゃんなんか大嫌い」と云ってしまう。ななみは、「るみなんて知らない」と云い、るみを置いてその場から去っていく。ななみもるみと同じく、悩んでいる。ななみが去っていく途中、画面外からるみの「お母さん」という泣き声が聞こえてくる。それは、るみの叫びと同時に、ななみの心の叫びでもあったように思える。
 

 るみだけでなく、ななみも母親を求めているのだ。だが、彼女は一家を支えるものとして、自分が弱くなってはいけない、ななみは涙がこぼれること必死に耐える(涙をこぼれようとはさせない。逆に涙が頬を伝い流れた時、それは彼女の心が解放された時)。家族を支えていくことは14歳の女の子にはとても難しいことであり、そこをサソリーナにつけこまれてしまう。


 デザトリアンとプリキュアの闘いの中、るみはななみの心の内を知ることになる。ななみも母親がいなくて寂しいこと、中学生の自分にとって母親の代わりは難しいこと、皆と同じように遊びたいし部活動もしたいことをるみは知る。


 プリキュアによって助けられたななみは、母親との記憶を思い浮かび上がらせる。そこで、自分の口癖「笑顔が一番」が母の言葉だと思い起こす。


 ななみは涙を流しながら(流れる涙は、ななみが我慢していた心を解放した証)、母親との記憶(笑顔が一番)をるみに話す。るみが求めていたのは、自分が知らない母親のこと、母親がどのような人であったのか知りたかったのだ。ななみが持つ母親の記憶を共有することによって、るみの心の悩みは解消されることになる(母親のことを知ったために)。ななみは母親が自分にしてくれたように、るみの涙を拭ってあげる(拭うことが反復される)。母がしてくれたことをるみにもすることによって、るみは母を知るのであった。



 ななみも自分を抑圧することをやめ、したい事であった皆と部活をすること、ファッション部へと参加することになる(自分でデザインを書いてくる)。自分の心を閉ざすことやめ、14歳の女の子らしく生活することになったのだ。


 ラストでるみは、ななみにカーネーションを送り、第14話は終了する。ななみとるみの関係をうまく描きあげた回だった。


 人物一人一人の芝居が細やかであり、姉妹の心情が見事に表現されていた。


 脚本/成田良美、演出/小川孝治、作画監督/川村敏江

おまけ


 つぼみのPOVショット。ななみの顔に焦点があっており、手前(腕)がぼけている。ちょっと意外だったというか、気になった所。