『裏切りは僕の名前を知っている』第9話「キズアト」のメモ


 前回の『迷い猫』第9話の記事からの続き。距離にまつわる話を。

 第9話は、夕月、焔椎真、愁生の三人を軸にしたストーリー。焔椎真と愁生の過去、焔椎真が夕月にどう心を開いていくのかが今回の見所となっている。夕月と焔椎真、焔椎真と愁生、それぞれの距離の話。


 コンテ・演出/橋本敏一。


 焔椎真は夕月に敵意を向けており、夕月は焔椎真と仲良くなれないでいた。夕月と焔椎真をミディアムショット、またはフルショットで捉えるとき、二人の間には一定の物理的距離が生じている(焔椎真が、夕月と距離を保ち続ける)。同一画面内に収められた両者の間にある距離は縮まることなく、ずっと離れている。近付いたとしても、すれ違うだけ。二人の間の物理的距離=二人の間にある心理的距離。視覚化できない心理的距離を物理的距離によって視覚化する。夕月と焔椎真の間の距離は、焔椎真と愁生の間の距離とは対照的である(それについて後述する)。二人の距離が無効になるときがあるのならば、それは焔椎真が夕月に心を開くときである。



 「夕月と焔椎真の間の距離は焔椎真と愁生の間の距離とは対照的である」と先程述べた通り、夕月と焔椎真の間の距離は離れているのに対して、焔椎真と愁生の距離はほぼゼロに近い。二人の距離がどれだけ近いかわかるシーンは数あるが、印象的なAパートの焔椎真と愁生が満天の星空をみるシーンを見てみる。二人の足が交差しているショットから窓辺にあるソファーに腰掛けている二人を捉えるのだが、二人の距離は異様に近い(こんなに身体を接近させるものなのだろうかと思うほど、近い)。二人の足が交差しているショットが示すように、焔椎真と愁生の間に距離はなく、互いに心を開き合っているさまが窺い知れる。



 しかし、焔椎真と愁生の距離が完全にゼロになれるのか・真に互いを分かち合えるのかというと、決してそうではない。焔椎真と愁生が互いにどんなに近づこうとしても、二人の間には果てしなく絶望的な距離が存在している。埋められることのない距離を焔椎真と愁生は抱えているのだ。焔椎真が愁生の腕を掴むと、服が引っ張られて、鎖骨付近にある火傷の傷跡が見えてしまう。これは、焔椎真と愁生の関係を端的に表現したもので、焔椎真が愁生に近付くと、自分が愁生に負わせた火傷の傷跡が必ず目に入ってしまう(焔椎真が炎で自分自身を燃やして自殺しようとした時に、止めに入った愁生に負わせてしまった火傷の傷跡)。愁生に負わせた火傷の傷跡は、友を自分の力で傷つけてしまった焔椎真自身の傷跡でもあり、互いの身体が接近すればするほど、二人の間にある果てしなく絶望的な距離(=傷跡)が露呈してしまうのだ。焔椎真は愁生に負わせた火傷の傷跡の罪責感に少なからずとも苦悩している。

 二人はどんなに近付こうとも、けっして近づけない。

 愁生は、焔椎真の傷跡を癒せることが自分には出来ないと薄々感じいたらしい。それは、焔椎真から受けた傷跡を持つ者だからであり、傷跡が障害となり、焔椎真を救えない。傷跡を癒せるのは、自分ではなく夕月だと愁生は思っている。


 Bパート。あれほど、徹底的に一定の距離を保ち続けていた夕月と焔椎真の距離が無効になる瞬間が訪れる。焔椎真の親から連絡があり(金の無心)、彼は激怒して黄昏館から飛び出していく。愁生は夕月に追い掛けるように促し、夕月は焔椎真を追う。森にいた焔椎真に夕月は追いつく。その森でのシーン。夕月が焔椎真の腕を握り(決して手を離さない)、彼の過去を読み取る。動揺した焔椎真の力(=炎)が暴走する。過去に自分の力(制御できない力)によって、人々を傷つけてきた焔椎真は、同じ過ちを繰り返さないようにと、自分の力を制御することに成功し、夕月に傷を負わせることはなかった(若干火傷しているが)。夕月は、「やっぱり焔椎真君は優しいです。化物なんかじゃない。人間です」と化物と罵られ続けてきた焔椎真に云って、夕月は焔椎真の傷を癒す。


 今までの夕月と焔椎真の間にあった物理的距離は短縮され、焔椎真と愁生の間の距離とほぼ同一と云っていい短い距離になる。焔椎真と夕月の距離が焔椎真と愁生の距離へと変容する。それは、夕月が焔椎真の傷を癒し、夕月に心を開いたからであって、二人の心理的距離=物理的距離は縮まったのであった。


 森には愁生もやってきており、夕月が焔椎真の傷を癒したのを見届ける(覗き見ている)。ここで逆転の現象が起きる。あんなに近かった焔椎真と愁生の距離が離れており、まるで初期の夕月と焔椎真の距離のようになっている。焔椎真と夕月の間の距離が焔椎真と愁生の間の距離へとなり、焔椎真と愁生の間の距離が焔椎真と夕月の間の距離へとなり、完全に逆転する。それは、愁生のポジションに夕月が入れ替わり、愁生が無用の存在になったことを如実に語る。焔椎真を癒す存在は、自分(愁生)ではなく、夕月だと。愁生は「俺は用済みだ」と云ってその場から去ってしまうというか、消えてしまう(跡形もなく消える)。とは云っても、現在の焔椎真と愁生の離れた距離は、愁生自身が焔椎真との距離を創出したものであり、焔椎真が愁生から離れていったわけではない。なので、焔椎真は消えた愁生を探すこととなる。それが次回の第10話の見所となるのだろう。焔椎真は果てしない絶望的距離=傷跡(障害)を乗り越え、愁生との距離を取り戻せるのか。
 


・・・


 裏僕では、時々瞠目することがある。別にこの1カットに瞠目するわけでなく、この1カット前の燃えさかる炎の世界から白黒の世界へと繋がれると、何故だか「おっ」と感じてしまう(個人的に)。他にもレイアウトとか。