『けいおん!!』第16話「先輩!」

梓と先輩


 第16話「先輩!」は、梓が主役の物語となっている。梓のモノローグなどの内面描写はあるが、唯たちの内面描写は存在せず、常に梓の視点で物語は展開されていく。


 梓の肌理細やかな心理描写と反復によって描かれる変化が素晴らしい。


 第16話の形式は、梓が先輩たちと対話していくのが反復される形式になっている。


 教室で話す梓・憂・純の三人(窓の外から三人を捉えたショット)。廊下を歩く梓の脚を捉えたショット。画面左側(奥)からフレームインして、最終的に画面中央(手前)に移動する梓を捉えたショット。突き上げた腕を捉えたショット。腕を突き上げたまま階段で止まっているショット。これらのショットは梓が先輩たちと対話する前に挿まれ(反復される)、物語の結節点となる。これらの反復されるショットは、第16話の要諦になっているといっても過言ではない。物語の展開を先回りしていうと、繰り返されるショットは最後に形を変え、梓の心理的変化をあらわす重要な役割を担うことになる。梓の心理がどのように推移し、変化するのか。






 アバン。梓は余ったケーキ(先生が遅れたため)をじっと見つめる。先輩たちは、もう一個食べればと薦める。梓は申し訳なさそうに「いいんですか」と返す。この余ったケーキを巡るやりとりはBパートで反復される。梓は唯の髪にシールが付いていることに気付き、髪に付いてますよと唯に伝える。唯は現在シールにハマっているらしく、この後も度々シールが登場する。この「シール」も第16話でとても重要な要素であり、梓の心理的変化に大きく関わってくる。


 Aパート冒頭、梓は純から「変わったね」と云われる。唯たちのペースになじんでしまい、練習をあまりしなくなっていたからだ。このままではいけない、昔の自分を取り戻さなくてはと梓は決心する。その梓の決心を描写しているのが、先程あげた教室から部室までの一連のショット。決心した梓が部室に入ると、先輩が一人居り、その先輩と梓は部室で二人きりになり、対話していくという形式がとられる(これが繰り返される。律に関しては別なのだが)。


 部室のシーンで印象的なのは、繰り返し用いられる俯瞰からのアングルやフルショット(もしくはロングショット)。俯瞰のアングルは室内の人物配置を説明する役割(状況の説明)を主に果たしているのだろうが(律の自宅での俯瞰は主に状況説明のだめだろう)、それと同時に別の役割も果たしているといえる。俯瞰のアングルやフルショットで梓たちを捉えると、被写体からカメラが引いてるため、室内の空間が強調される。すると、部室内に梓と先輩の二人だけがいることが自然と目立つようになる。梓と先輩の二人だけのやりとり(二人しか部室に存在しないということを)を際立たせるため、カメラは引いて、梓たちを捉える。それと、第16話における部室内の俯瞰やフルショット(カメラが引いた状態)は客観的な印象を与えているように思え、梓の視点(主観)から切り離して、梓と先輩のやりとりを客観的に見せるためも使用されていると思われる。



 梓がはじめに対話することになるのが、紬。梓と紬のツー・ショットはあまり見ない珍しい組み合わせだ。梓はギターを練習しようとするが、紬のペースにのまれ練習ができない。意気込んで部室にきた梓だったが、紬の天真爛漫さによって、その意気込みはどこかに飛んで行ってしまう。皆を驚かそうとして隠れていたら眠ってしまった紬に出鼻をくじかれ、ギターをやってみたいという紬に対してギターを教えたり、紬が今までつまみ食いしていたことが明かされ大笑いしたりと、練習は捗らなかったが、梓は紬の色々な一面を垣間見ることになる。今まで二人きりになることが少なかった紬と梓。二人きりで過ごすことによって、梓は紬がどのような人物かを再発見出来たに違いないだろう。紬の再発見は出来たが、練習は捗らず、また唯たちとお茶をしてしまう。お茶をしている最中、紬が学園祭のための新曲を作ってきたことを発表する。結局、練習はまったく出来ずじまいに終わる。



 二回目の梓・憂・純の会話では、紬のことが話題になる。梓はまた練習できなかったことを悔やみ、今度こそはと部室に向かう。部室には澪一人だけがおり、紬の次は澪と部室で対話することになる。澪はしっかりしているため、練習することに意欲を示す。梓も練習できることを喜ぶ。澪がベースの弦の張り替えのため、練習するのをちょっと待つことになる。学園祭の曲について話したりして(バラードはどうか)、軽音部らしいことが出来て、梓はまたまた喜ぶ。ベースの弦の張り替えが終わると、梓は思わずお茶にしましょうと云ってしまう。梓自身も「お茶にしましょう」という言葉が自分の口から出たことに驚いたはずだろう。お茶をするのではなく、練習をしようと息巻いていたはずなのに、自分から出てきたのが自分の意志とは正反対な「お茶をしましょう」だったからだ。ここで示されることは、梓にお茶をすることが体にしみ込んでいることであり、もしかすると梓は無意識にお茶をすることを望んでいたのかもしれないということ。この後すぐに、律たちが部室にやって来て、家庭科の宿題であるスカートの裁縫が出来ないと澪に泣きつき、律の自宅で家庭科の課題をすることになってしまい、ここでもまた梓は練習することが出来ない。



 Bパート。唯たちは律の自宅へとやってくる。律の部屋で家庭科の課題をこなす澪たち。それを見ている梓は「うまいなぁ」と思う。ミシンから視線を逸らすと、律のドラムの練習によってボロボロになった雑誌の束を見つける。律はご飯(ハンバーグ)を作っており、梓たちは律の手料理をいただくことになる。律が作ったおいしいハンバーグや父親の下着など、律が家庭的な一面を持っていることを梓は知ることになっただろう。それと同時に、律が自宅でドラム練習をしていることも知る。澪が裁縫が得意だということも知っただろう。

 梓は先輩たちの知らなかった一面を垣間見ていく。



 三回目の梓・憂・純の会話が行われ、またまた梓は練習するぞという決心をして部室に向かう。部室には、唯が一人で居た。今日こそ練習をするんだと意気込んでいた梓だが、トンちゃんの水槽の掃除を唯に提示され、結局水槽掃除をすることになる。水槽掃除が終わると、唯は紬が書いてきた新曲について教えてくれと梓に頼み、新曲について話し合うことになる。新曲について一通り終わり、唯が紬のお茶が恋しいなと云うと、梓は練習しなければいけないと返す。


梓「ダ、ダメですよ!」


唯「ほぇ?」


梓「練習しましょう。今日こそ練習しないとダメです。こんなことしてるからダメなんですよ! 練習、練習!」


唯「今日はどうしたのあずにゃん? 気合い入ってるね」


梓「へっ? そ、そんなことないです。これが普通ですよ」


唯「そうかな?」


梓「そうです! えっと、多分、このぐらいが私らしいっていうか、むしろ最近がゆるんでいるっていうか、たるんでいるっていうか。そ、そうです。このくらいでないと私らしくないですよ!」


唯「おお、そっか。あずにゃんはなかなか難しいこと考るんだね。私はあんまり考えたことなかったな」


梓「えっ?」


唯「うーん、だってさ。・・・だって、あずにゃんあずにゃんだもん」


梓「・・・」


唯「りっちゃんはりっちゃんで、みおちゃんはみおちゃんで、ムギちゃんはムギちゃんだもん。だから、私そんなの考えたことなかったよ」

 梓は、練習をあまりせず皆とお茶する自分が自分らしくないと否定していた。本来の自分はこんな人物ではないと。しかし、唯は「あずにゃんあずにゃんだよ」と答える。自分らしくないと自分を否定することはなく、ありのままの自分でいい。練習して、皆とお茶をしているのも自分なのだと。梓は紬・澪・律とプロセスを経て、唯からのアドバイス(唯本人はアドバイスしたとはまったく思ってないだろう)をもらい、軽音部における自分を見つけていく。


 いつの間にか落としていたストラップを女生徒が届けてくれる。なぜ、梓のものだとわかったかというと、唯の「なかのあずにゃん」というシールが貼られていたからだ。唯のシールによって、ストラップが戻ってくる。軽音部の絆の証のようなストラップが喪失し、唯のシールによって回復される。先輩である唯が後輩の梓を導いていく。



 ストラップのシーンの後、生徒たちが次々と映し出される。映し出される生徒たちは皆先輩と後輩の関係の生徒たちであり、梓と唯たち以外の先輩と後輩の様子が描写される。


 先述した教室から部室までの一連のショットの4回目。そこに映し出される梓は一切立ち止まることなく、颯爽と部室まで歩いてく。その快活な表情と歩く姿からは、迷いを吹っ切れたさまが窺い知れる。紬の「見つかってよかったね」という台詞が挿入される。それはまるで、梓が自分自身を見つけたように聞こえる。梓は唯のアドバイスにより、新たに一歩を踏み出すことできたのだ。繰り返された教室から部室までの道のりは、最後にちょっと成長した梓の姿を映し出す。


 部室に着いた梓。アバンのようなシチュエーションが反復されるのだが、今度はケーキの底に「なかのあずにゃん」と書かれたシールが貼られている。梓と先輩たちの絆がより深まったことが表される。


 Bパートラスト。学園祭でのクラス企画で喫茶店をすることが決まる。梓・憂・純はウエイトレスについて話し合うのだが、梓はウエイトレスは猫耳をつけるものでしょと云う。すっかり軽音部に染まっている梓。徐々に間隔が短くなる切り返しもいい。



 梓の心理的推移を巧に描いた回だった。脚本/村元克彦、コンテ・演出/高雄統子作監/堀口悠紀子


おまけ


 梓も唯も互いの顔が見えない状態なんだが、視聴者には二人の顔が同時に見れるってなんだか気になった。