『Colorful』と食べ物と食べること


 前の日記の続き。これこれを参照。





 『Colorful』では、食べ物/食べることが頻出する。食事が本作品の主題の一つだと云えるだろう。ここでは、食べ物/食べることに絞って書いていきます。

 前の日記で書いたとおり、一緒に食事をする行為は絆が生じることと同義である。では、小林真は何時・誰と一緒に食事をするのか。




 真が病院で検査を受けているシーン。真は、母から食事を与えられる(流動食のようなもの)。真は与えられた食べ物を拒否することなく口にする。


 真が退院して家に帰ってくると、母と父と満(兄)と和室で豪勢な食事をする。真の好物だというローストビーフが食卓に用意され、父と母はワインを飲み、和やかに食事をする。このシーンまでは、真は母から与えられた食べ物を口にし、食卓を囲むことを忌避しようとはしていない。真は家族を拒絶などはしていなく(母から与えられた食べ物を口にする)、真が家族の一員になりつつあることがわかる。



 プラプラから、母がフラメンコ教室の講師と不倫をしていたこと、父を軽蔑していたこと、満は出来の悪い自分を馬鹿にしていて今ではほとんど口をきかなくなっていたことが真に告げられる。



 そうすると、真は家族と食卓を囲むことを忌避し始め、母から与えられる食べ物を口にしようとはしなくなる。食卓を囲むことの忌避は、真が家族から離れ始め、絆が喪失しかけていることを指し示してくれる。母から与えられる食事の拒絶は、母の拒絶と同義であり、真は劇中の終盤まで母に対して嫌悪感を抱き、母からの食事に手をつけない。真が母から与えられる食事を拒絶し続けるのは、料理を作る母の手から不倫相手との情事を連想してしまうためである(料理を作る母親の手とベッドのシーツを触る母親の手のショットが挿入される)。母の手が触れた食べ物、トーストだったり、皮を剥いてくれたリンゴだったり、手ごねのハンバーグなどを拒絶するのだが、それだけではなく母の手が触れたもの全般を拒絶するようになる(例えば、ダウンジャケットなどが挙げられる。ダウンジャケットについては後程詳しく)。特にハンバーグに対する真の『吐きそうだよね』の一言は強烈であり、トーストやリンゴよりも母の手が触れられている(手ごねのため)ハンバーグは真にとって耐えがたいものだったのろう(不倫相手に触れた手で作ったハンバーグだと思うと)。真は、決して母と二人で食事をすることはない。



 食卓につかない、母の料理をまともに口にしない真は、公園で菓子パンのメロンパンを食べたり、自分の部屋で一人お菓子を食べたりと、まともな食事を取ることはなく、菓子ばかりを「一人」で食べるようになってしまう。真は、一人でいることを選択し、家族から離れていく。



 真は、ご飯にふりかけをかけて食べる。母親から与えられた食事を素直に食べることはなく、ふりかけをかけて母の料理を否定する(おかずを食べないためのりたまをかける)。家族の中で一人だけふりかけをかけて食事をする真は、家族の輪の中に入らないことを明確に表している。



 母から与えられる食べ物を拒絶し続ける真だが、桑原ひろかから与えられる食べ物は拒絶しない。ひろかは、美術室にふらっとあらわれては真にシュガレットチョコや酢昆布やうまい棒などの駄菓子を差し出し、真は差し出された駄菓子を拒否などはせず、ひろかと一緒に同じものを食べる。一緒に食事をする行為は絆が生じることと同義だと先程述べたが、だったらひろかと真の間に確固とした絆が生まれているのかというと、そうではない(心を開いているとは思うが)。お菓子(駄菓子)というちゃんとした食事ではないものを食べても絆は生じず、フライドチキンや肉まんなどの菓子ではない食べ物を一緒に食べなくては、絆は生じないだろう。お菓子は遊びみたいなもの。



 真は、クラスメイトの早乙女とひょんなことから一緒に砧線の跡を巡ることになる。原恵一監督のインタビューにもあるように、早乙女は誰とでも分け隔てなく接する人物で、真がクラスで浮いていようがそんなことは関係なく、気さくに接する。真と早乙女は徐々に親交を深めていく。スニーカーを安く販売しているという靴屋「ごめんそうろう」に早乙女と一緒に行く真。スニーカーを購入した帰り、コンビニに二人は立ち寄る。そこで、真はフライドチキンを早乙女に分け与え、早乙女は半分にした肉まんを真に分け与える。二人がとても美味しそうに食べるのが印象的だ。気が置けない友達と一緒に食事をするということが、楽しいことだと初めて真は知ったのかもしれない。食べ物を交換し合った二人の間には、強い絆が生まれ、真と早乙女は親友となる。食べ物の交換によって絆が生まれ、真にも心理的変化が訪れることになる。この後、真は早乙女と同じ高校に進もうと不得意だった勉強(クラスで最下位の成績)を頑張るようになる。



 父と川釣りに行くことになった真。母から鮮やかな水色のダウンジャケットを渡されるが、着ていくことはない。まだ母を拒絶しているようだ。川釣りの場所は、景色がよく、紅葉がとても綺麗。食べ物の話からずれるが、砧線の跡巡りや川釣りなど、印象的な風景によって真が徐々に変わっていくようにも思える。

 真と父は、河原で母が作った弁当を食べることになるが、真は相変わらず母の料理には手を付けず、一人菓子を食べる。母と絆を結ぶことを頑なに拒絶する真だが、父から母の話を聞き、徐々に変わっていく。川釣りを経て、真の父に対する印象は随分と違うものになっただろう。川釣りの帰り、真と父はラーメンを食べる。父からチャーシューなどを分け与えられ、真はそれを拒否することなく、口にする。父と一緒に食事をする、父から分け与えられた食べ物を食べる、これらのことから真と父の絆が回復しつつあることが示される。真と父の関係性に変化が訪れる。



 満に呼び出され、食卓へと向かう真。食卓で真の進路のことが話し合われる。父と母と兄は、真に芸術系の高校へ進学することをすすめる。ここで、真は満が自殺の件をきっかけに医者を目指すことを知り、兄が自分のことを想っていることを知る。母も自分のことを想い、色々な高校へ足を運んでいたことを真は知る。真の自殺の件の後、父も兄も家族一緒に食事することを努力し、母も出来合いのものではなく手作りの料理を作るようになった。真の自殺の件を経て、父と母も兄も変わっていた。皆の心は繋がっていたのだ。

 真は、涙を流しながら自分の心情を吐露する。自分の気持ちを家族の前で初めて打ち明けた真。バラバラだった家族の心が繋がる。ここで、家族は一緒に鍋を食べる。もう、真は食卓を囲むことを忌避せず、皆と一緒に食事をする。真と家族の間に、絆が生じる。


 「鍋」という食べ物が非常に重要であり、一つのものを皆が分け合って食べる鍋は、家族の絆の回復を象徴するのには最適な食べ物のように思える。父と母と兄と真が、食卓を囲み、一緒にご飯を食べ、絆が回復される。



 食べ物/食べることを効果的に使用し、登場人物たちの関係の変化を描いていく。



 ラストシーン。真は母から贈られたダウンジャケットを着る(母を受け入れた証)。鮮やかな水色のダウンジャケットは、彼の現在の心情をあらわしているかのようであり、『Colorful』な世界を象徴しているようにも思える。