『たまこまーけっと』 リアリティとファンタジーの同居


 『たまこまーけっと』第3話「クールなあの子にあっちっち」までを観て。


 第3話で、山田尚子監督がコンテに参加しなくなると第1話・第2話の少女+可愛らしさが急に鳴りを潜めるのが面白かった。ここまで雰囲気ががらっと変わるものなのか。山田尚子監督の独特の少女感って、他の演出家にはうまく真似できないってのが興味深い。


 小川太一さんのコンテ・演出が良かった。『中二病でも恋がしたい!』第11話で印象的だった横構図のフルショット・ロングショットが目を引く。別に頻度はそこまで多くないし、他の演出家だってやっていることなのに(第1話・第2話で山田尚子監督もそれなりの頻度で使用している)、小川太一さんの横構図はやけに印象的だ。平面的というか、水平的というか、なんいうか。小川太一さんの横構図には、柵や窓・門の格子などが前景・後景に配置されることによって、横構図をより水平的に見せている感じがする。と云っても、小川太一さんは『氷菓』からコンテ・演出に参加しており、本数が少ないので、まだなんとも言えないが。


・・・・


 『たまこまーけっと』 を観て、尚更思ったことだが、「京アニはファンタジーとリアリティを同居させるのが巧い」ということ。


 『たまこまーけっと』の世界観はかなりファンタジーだ。うさぎ山商店街という舞台は現実の商店街とあまりにもかけ離れすぎたかなりファンタジーなもので、デラ・モチマッヅィなんていう存在はファンタジーそのもの。でも、作品は幻想的過ぎず、現実感がそこにちゃんとある作りになっている。


 その現実的な部分は何かというと、背景美術だったり、実写的な撮影だったり、人物の芝居だったりする。


 例を挙げていく。


 第3話Bパート。散り際の桜と緑が混ざった描写。こういう描写ってあんまりアニメで見ない気が。川の水面への反射や、桜の花びらが流れていく描写とか、現実感あるものに仕上がっている。今やロケハンをして、現実の風景を背景として使っている作品は多いし、背景描写に力を入れている作品も数多くあるが、京アニまでの細部に至る肌理細やかな描写は、そうそうできない。というか出来てない。京アニの背景美術と撮影の力があってこそのものだ。

 小道具に関しても、家の家具や文房具や衣服までも作り込まれていて、粗雑な作りにはなっていない。照明設計に関しても、早朝、夕暮れ、昼間、屋外、室内、雨、晴天、曇天など状況に合わせて、光の加減を絶妙に変えてくる。




 ちなみに、第3話は桜と舞い散る桜の花びらの描写が綺麗だ。




 人物の芝居に関しても、もちろんアニメ的な芝居もあるが、リアリティある芝居もしている(リアルな芝居の方が多い)。それは、作画の力に寄るところもあるが、演出的にもだ。第1話の北白川家が餅作りをするシーンでの、ただ餅を握るっていう記号的な芝居ではなく、手の使い方一つ一つが計算された現実に近い芝居になっている。




 リアリティある芝居は、全編に渡って使用されており、例に挙げるときりがない。運動神経が悪い子であったら、動きを鈍くする。老人だったら、中年のおばさんだったら、小学生だったら、気の強い子だったら、大人しい子だったら、と画一的な芝居をせずに、その登場人物の年齢・性格に、それぞれ合わせた芝居をする。手間がかかることを厭わない仕事っぷりだ。第3話でのトイレの鏡前での朝霧の笑顔を作ろうとする芝居も素晴らしかった。僕は、OPのたまこのスキップの芝居が好きだ。スキップしてますよ的な観ている物に認識させればそれでいい芝居ではなく、女の子が意思を持ってスキップしているという(生命をもっている感じ)リアリティ溢れるもの。




 第3話での、朝霧史織の視線の芝居も見事だった。朝霧は、たまこと目を合わせることができない。話をしていると、すっと目を逸らしてしまう。その自然な視線のはずし方。彼女は自分の気持ちをうまく表現できない。恥ずかしがり屋さんだ。彼女がたまこと視線を交差させようと、自分の気持ちを伝えようと、喫茶店で勇気を出して、たまこと見つめ合う。ここでようやく朝霧とたまこは視線を交差させる(切り返しショットによって)。それからは、朝霧はたまこに対して視線をそらさない。視線をめぐる考えられた芝居だ。




 カメラレンズに関しても、状況に応じ広角レンズや望遠レンズなどをちゃんと使い分け、それに応じた画面設計をちゃんとしている。実写的な見せ方。だから画面に奥行きが生まれている。EDの映像なんかも、アニメ的ではなく、実写的な作られ方だ。




 ファンタジーの中に、リアリティを挿入することによって、画面に説得力が生まれ、作品がきちっと締まる。作品が嘘っぽくならずに(まあ、実際は嘘なんだけど)、ある程度の真実味が生じてくる。現実感というものは、「日常」を描く上にあたって必要なものだろう。其処に彼女たちがいると思わせるには、ある程度のリアリティは必要不可欠になってくる。京アニはファンタジーの中にリアリティを同居させるのがめっぽう巧い。ファンタジーとリアリティのバランスが絶妙なのだ。それは、京アニの高いクオリティがあってこその代物だろう。昔から京アニはリアルな部分を作ってきたけど、作品を追うごとに洗練されていっている。その進歩は見ていて飽きない。



・・・・



 僕の周りは、大半の人がスマホを使っているけど、たまこもみどりも朝霧も二つ折り携帯なのか。今時の女子高校生って二つ折り携帯なのだろうか(街中で見かけるとスマホがかなり多いが)。『中二病でも恋がしたい!』の立花も二つ折り携帯だった。『けいおん!』も確か二つ折りだった気が(あの当時は今みたいに普及してなかったが)。それで、ネットで調べると、高校生ってそんなにスマホ使ってないのね・・・。