『君に届け』における「届けること」

届けること


 『君に届け』第8話「自主練」を観て、この物語はタイトルの「君に届け」という通り、やっぱ「届ける」物語なんだなと感じました。まずは第8話について。


 第8話では冒頭から「笑うこと・笑顔」が反復され、「笑顔」というものが今回の主題の一つになっていると思われる。爽子が笑うと福がくる都市伝説や第8話から本格的に登場した胡桃沢梅の全編に渡っての猫を被っているような微笑など、登場人物たちに対して「笑顔」というものが顕著にあらわれる。それでBパートラスト。石でサッカーの練習をしていた黒沼爽子は風早翔太に声をかけられ、サッカーの練習をすることになる。この時、言葉はほとんど交わされない。風早の「こっち」というたった三文字の呟きだけで二人のやりとりが成立してしまう。サッカーの練習をするやりとりを成立させたのは、言葉ではなく風早が爽子に一瞬みせた「笑顔」によりコミュニケーションが成立したという側面が強い。ここでは、言葉ではなく「笑顔」により人と人が疎通していく。やはり第8話は「笑顔」が主題となっているのだろう。


 風早から届けられた笑顔。それに応ようと、爽子は笑顔を風早に届けようとするが、うまく笑顔を作ることができず、風早から爽子に届けられたもう一つの「サッカーボール」を代わりに使い、風早に届けようとする。爽子は「風早君に届け」と心の中で言い、サッカーボールを風早のもとへと蹴る。カメラがサッカーボールを飛び越えて風早のもとへと届くところを見るとサッカーボールに乗せた爽子の想いがボールを飛び越えて風早のもとへと届いたことがわかる。この場面の二人の言葉を交わさないボールによるコミュニケーションも感動的だが、ここでもう一つ感動的なのは、「届けること」によって、物語は展開し、登場人物たちは疎通していくことだ。




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 第2話「席替え」について日記で「贈ること」と書いたが、それは「届けること」の言葉に変換が可能だろう。「贈ること」、または「届けること」。「届けること」、「届ける行為」によって、人物たちは疎通、調和する。


 

 第2話で繰り返し描かれるのは、「贈る」という行為。この「贈る」という行為が今話では重要になってくる。前段でも書いたように、爽子は冒頭から贈る行為を行っている。しかし、それは多くが拒絶されてしまう。赤い傘を贈った白い犬には吠えられて拒絶され、一番前の席が嫌だと騒ぐ女子生徒に自分の後ろの席を贈るのだがそれもことごとく拒絶されてしまう。爽子にとって贈る行為は、相手との理解をはかる行為であり、贈ることによって人と繋がろうとする。しかし、多くは誰も彼女とは繋がろうとはしない。爽子からの贈りものを受け取らないし、爽子に贈ろうともしない。一切拒絶しているのだ。


 だが、爽子からの贈りものを受け取り、そして爽子に贈った者たちがいる。それは、風早翔太、吉田千鶴、矢野あやね、真田龍の4人だ。爽子と繋がろうとした人たちがいたのだ。


 傘のない爽子がずぶ濡れになって学校に登校した時、吉田は濡れた制服の代わりにとロッカーからジャージ(カビ臭いのだが)を取り出して爽子に贈り、風早はハンカチでは拭うのが追いつかないといって、自分のタオルを爽子に贈るのだ。誰も爽子とは繋がろうとしなかったのに、彼/彼女らは爽子と繋がろうとした。また爽子も、彼/彼女らと繋がろうと、風早にはコーヒーを贈り、吉田と矢野にもそれぞれジュースを贈ったのだった。しかし、贈りものを受け取った様子は描写されるが、彼/彼女たちが、ジュースを飲む部分は描写されない。爽子は彼/彼女たちから贈ってもらったものを身につけ完全に受容しているが、まだ彼/彼女たちが完全に贈りものを受容している様子(爽子の贈ったものをいただく・食べる部分)は描かれない。まだ足りない、まだ完全には繋がっていないのだ。


 では、爽子と風早・吉田・矢野・真田がいつ繋がるのかというと、それは席替えのシーン。誰も爽子の周りに座りたくないため、みんな避けるのだが、風早・吉田・矢野・真田は爽子の席の周りに自ら集まる(厳密に言うと真田は違うのだが)。皆が拒絶していたのだが、彼/彼女らだけは違った。爽子との間に壁はなく、自ら繋がろうとしたのだ。そこで、爽子は昨日のお礼として、風早・吉田・矢野・真田に自分で焼いたクッキーを「贈る」のだ。ここで感動的なのは、彼/彼女らは、美味しいと言って、クッキーを頬張る部分が描写されるのだ(図4)。前のジュースの所では、飲む=完全に爽子の贈りものを受容する・繋がる部分が欠落してたのだが、このクッキーの贈りものでは、贈りものを完全に受容する(美味しいと言って食べる)様子が描かれる。この瞬間、爽子は、彼/彼女らと相互に疎通し、融和し、繋がったのだ。そして、爽子は「嬉しい、心から嬉しい」と喜びをあらわにする。


君に届け 第2話「席替え」が面白いより

 「君に届け」では全編にわたって、「届けること」が散りばめられている。


 そう言えば、第1話「プロローグ」で矢野・吉田は肝試しのとき爽子に差しいれとして飲み物を届けていた。それによって、彼女たちの距離が縮まっているところをみると、「やはり「届けること」は人と人を繋ぎ合わせる機能を演じているのだろう。




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 「届けること」を考えれば、第4話「噂」のあの不自然さも必然性があったものだと納得する。第4話では吉田千鶴・矢野あやね・風早翔太に対して、爽子が届けようとする言葉はきまって遮断され、相手には届かない。観てる側としてはやきもきするほど、話が最後まで話されない。廊下での爽子の会話を聞く矢野・吉田を荒井一市が邪魔したり、爽子の話を吉田・矢野が自ら遮断したりと、届けることがことごとく断絶され、また風早に対してもうまく届けることができない。届けることが阻害されるために、彼女/彼の間に「ヒビ」がはいる。届けることによって、人物たちが繋がるのだから、届けられなければ人物たちの距離は離れていく。そのためにあそこまで不自然に届けることを遮断した。第5話「決意」で風早と爽子の距離が縮まったのは、下校時の会話の時、届かなかった想いを素直に吐露し(図1)、爽子の言葉が、風早の言葉が相手にはっきりと届けられたからだ。橋の上でのシーンでの吉田・矢野の爽子への想いもその時吹いていた風の流れによって、窓を開けていた爽子のもとへと届けられ、会わずとも心はすでに繋がっていた。第6話「友達」でも爽子が言い放った「違う」という言葉はカメラワークによって、あたかも矢野・吉田のもとへ言葉が実体化して届けられたような錯覚を引き起こし、視覚的にも爽子の言葉は矢野・吉田のもとへと届けられたことがわかる。届けられた「違う」という言葉・想いによって、矢野と吉田は爽子のために行動を起こす。最終的に吉田・矢野と爽子は「友達」となる。

図1




 第4話から第6話までを振りかえっても「届けること」が主題の一つとなり、物語を新しい局面へと展開させていることがわかる。特権化された「届けること」によって、登場人物たちは意思を疎通する。また誰かのために届けようと人物たちは奮闘する。それが「君に届け」の物語を活性化させている。「届け」と爽子や風早や矢野や吉田が相手のために行動するさまが、観ているものの心を揺さぶるのかもしれない。




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