『けいおん!!』第21話「卒業アルバム!」 アルバムとそれぞれの進路

鏡の前での唯の所作


 アバン。

 唯は、写真撮影(卒業アルバムの)の髪型研究のため、鏡の前で模索する。約38秒間*1、唯は鏡の前で様々な表情や仕草を披露する。鏡に顔を近づけたと思うと、顔を引いたり。前髪を真ん中で分けたと思うと、斜め分けにしたり。髪を指でくるくる巻いたり、横を向いたり、振り返ってみたり。髪型とは関係なくピースしてみたり、頬を膨らましてみたり。唯のあまりにも豊かな表情と仕草。表情は絶えず変化し、身体は休まず動く。この肌理細やかな芝居が素晴らしい。髪型研究がうまくいかないためか行動が徐々に脱線していき、自分とにらめっこみたいな状態になってしまうのも唯の性格がよく表れている。これと類似したこと(鏡の前で細やかな芝居を披露する)をやっている作品が最近あったことを想起した。『ちゅーぶら!!』第6話「カゲキな思春期」での水野先生が鏡の前で容姿を見ている約25秒間の1カットだ(それについては前に書いた日記を参照。『WORKING』最終話でもあった。これまた前の日記を参照)。コンテ/山本寛、演出/星野真、作画監督/加藤真人。こっちは、カットを割ることなく約25秒間人物に細やかな芝居をさせる。水野先生の場合も徐々に脱線というか、行動がエスカレートしていく様も唯と通底している。人物の芝居でじっくり見せていこうとするその心意気。素晴らしい。このアバンがあったからこそ、今回の髪型を巡る物語が躍動する。ヤマカンと鏡と云えば、フルメタなんかも印象的だったなぁ。


梓と別れの引き延ばし


 第21話は、唯たちの髪型を巡る物語なのだが、それに連繋するように梓も髪型を変えて登校する。でもそれは、学園祭が終わって力が抜けてしまい、ボーッとして髪を結ぶのを忘れてしまったからであって、靴を履きかえるのも忘れてしまうほどに、梓は腑抜けてしまっている。梓は憂の付き添いで、唯にヘアピンを返すため3年生の教室へと向かう(この前に梓は、唯が卒アルの写真撮影を控えていることを憂から知らされる)。何故だか、そこでの梓の態度は若干よそよそしい。梓は、唯たちとの間に距離を感じているようにさえみえる。梓は、終始扉の陰に隠れ、唯たちと言葉を交わすことはない。前景に梓と憂(画面左と画面右に配置され)、後景に唯たち(前景の梓と憂に挟まれるように中央に配置されている)が配置された縦の構図のショットは、梓が抱く唯たちとの心理的距離を視覚化したかのようにみえる。この次のショットでは、変わらぬ唯を見て少し微笑む。学園祭ライブが終わり、唯たちの卒業/部活引退が迫ったことを潜在的に感じ取っているためか、梓は唯たちに対して微妙な距離を取る。


 教室のシーンが終わると、紅葉した樹木が映し出され、秋(秋の終わり=卒業が近い)の季節が示される。誰もいない廊下を捉えたショット、広々とした校庭に数人の人影、梓・憂・純の三人しかいない教室。これらの一連のショットは、空間上における人物を極力排して、寂寞感を生じさせるようにしている。徹底とした画面構成。憂と純が三年生引退を口にして、唯たちの軽音部引退が、ここで顕在化する。他の生徒が誰もいない廊下/校舎を一人移動する梓。それらの梓一人だけの光景は、三年生が引退し、一人だけの軽音部員となった時の梓を暗示するかのようだ。唯たちが軽音部を引退し、部室からいなくなっていると思った梓は、急いで部室へと向かうのだが、そこにはいつもと変わらない唯たちがいた。梓はほっと胸を撫でおろす。唯たちは、部室で受験勉強すると梓に告げる。唯たちの軽音部との別れは引き延ばしにされ、梓の不安(一人になること)は一先ず回避された。

 梓の不安が徐々に浮かび上がるさまを構図を効果的に使用して、的確に描いていく。

 第21話では一応回避されたが、終わりに向けて、着実に迫る梓と唯たちとの別れ。



澪の心理の推移


 今回、澪は推薦を取りやめ唯たちと一緒の大学に進むことを決める。その決心に至るまでの澪の心理的推移を追ってみる。


 Aパート。部室のシーン。当初は、梓の視点で展開されていたが、三年生の進路の話になると梓の視点ではなくなる。律と唯の進路の話から、澪の推薦入試の話へと移る。すると、澪の視点へと切り替わる。澪の視点からの紬を捉えたバストショット、澪の視点からの唯と律を捉えたバストショットが挿入される。澪は、唯たちを見つめながら皆のこれからの進路の話を聞く。澪の視点で展開されるこのシークェンスは、唯・律・紬の進路の話を聞き、このまま推薦で皆とは別々の大学へと進んでいいものかという澪の心理的な揺れを「澪の視点」から描く。まずこれが、布石となる。卒業アルバムの写真撮影の下準備をする唯たちはとても仲良く、楽しそうに過ごす。その姿からは、彼女たちが幸福に包まれていることがよくわかる。澪はこの幸せな時間の重要性を改めて感じただろう。唯が前髪を切り過ぎてしまった騒動が一段落し、皆でモンブランを食べることになる。前髪を切り過ぎて落ち込んでいた唯に、律たちは上に乗っている栗を唯へと渡す。唯は喜び、「ありがとう」と皆に感謝する。ここで、澪が微笑む様子が捉えられる。他の律や梓や紬の様子が捉えられることはなく澪だけが捉えられ、次に五つの栗が乗ったモンブランを俯瞰で捉えたショットに切り替わる。ここで、澪の心理が表される。澪から、モンブランへと切り替わるのは、実に端的だ。五つの栗が乗ったモンブランは、皆の絆と融和を象徴したものであり、澪は皆との絆の大切さ・大事さを再確認し、皆と一緒の大学へ進むということ考えへと近付いていく。モンブランが一緒の大学へ行こうと澪が決心する契機となっているといってもいい。


 場面が切り替わり、下校のシーンとなる。唯・梓・紬の三人が横断歩道を渡り切り、澪と律と別れるのをロングショットで捉える。横断歩道を渡り切るのを若干長めにみせたこのショットは、五人を二組に分け距離をあけさせることから、「別れ」をどことなく感じさせる(この後も横断歩道を渡る所があるが、渡りきる描写がない)。律に推薦の書類今日までじゃなかったのかと問われ、明日出すよと澪は答える。澪は推薦を受けるかどうか決めあぐねていたため、書類を提出することを延期していたのだが、モンブランを経た今、「明日出すよ」と云っても澪の気持ちは既に決まっていただろう。推薦をやめ、皆と一緒の大学へ行くことを。この後、澪は先生に推薦をやめることを告げ、皆と一緒の大学に進むことを決める。


 台詞で説明することなんて野暮なことはせず、芝居で澪の進路決定に至るまでの心理的推移をちゃんと描いていくのは、手堅い仕事だったと思う。



髪型を巡る物語


 今回は、卒業アルバムの写真撮影時の髪型をどうするかの話だった。その卒アルと唯の髪型の話は、先程挙げた梓と澪の話に密接に関わってくる。卒アルと唯の髪型が梓の「別れ」の話を加速させ(卒アルの話を聞いて卒業間近と再認識させ、ヘアピンを返しに唯の教室に行く)、デジカメでの写真撮影時のリハーサルにおける和気あいあいと唯の前髪騒動とその後のモンブランが澪が皆と一緒の大学に行くことを決心させるという(澪の進路変更に伴い唯と律の進路も決定する)、卒アルと唯の髪型が登場人物の心理に大きな影響を与える結果に繋がっていく。



おまけ〜唯の進路〜


 唯がさわ子先生みたいになりたいと云うところがある。それは、唯が教員となって、軽音部の顧問に舞い戻ってくることでも暗示しているのかな。

*1:唯の所作はカットされ、省略・圧縮されている。1カットではない